24. マニアックな寄り道
房総半島の対岸。
金谷フェリーターミナル。
そこにたどり着いて、バイクで船を降りた後は、いよいよ初めてインカムをつけた状態での走行になった。
扱いに手慣れた蛍が、使用方法を解説し、彼女が先頭に立って走りながら案内をする。
「まずはどこに行くの、蛍ちゃん?」
インカムを通して、尋ねる京香に、彼女は、
「亀岩の洞窟だべ」
と事も無げに答えるが。
「亀岩の洞窟? 何、それ?」
真姫は知らなかった。
「まあ、有名すぎる養老渓谷に行くよりは、面白いとは思うべ」
「ふーん」
半信半疑で、ついて行く真姫と京香。京香が2番手で、真姫は最後尾だった。
金谷のフェリーターミナルから、しばらくは海沿いの道を北上していた蛍だったが、やがて、内陸に入る道をたどって行く。
海沿いの道は、流れが悪く、信号機も多く、道幅も狭かったが、内陸に入って少し進むと、俄然流れが速くなり、道幅も広がり、走りやすくなった。
おまけに、千葉県のこの辺りは、高い山がないので、緩やかな丘のような道を進んで行く。
「やっと走りやすくなったね。房総半島は、内陸の方がいいね」
早くも、着いて早々に、海岸付近の鬱陶しいほどの交通量の多さと流れの悪さにイライラしていた真姫が発する。
「そだねー。この辺りは、房総スカイラインって呼ばれる道で、走りやすいんだよ」
「房総スカイライン?」
「そう。今、走ってるのは国道465号だけど、その一部が房総スカイラインって言うんだよ」
蛍の説明によると、房総スカイラインは、かつて有料道路だったこともあるが、短期間で無料道路に変わったのだという。
また、沿岸部は常に交通量が多く、大抵が一車線が多く、渋滞したり、流れが悪いのに対し、交通量の絶対量が少ない内陸部は、そもそも渋滞自体があまり発生しないので、バイクで走るには一番いいのだ、という。
「おまけに冬でも路面凍結しないしねー。ウチの地元じゃ考えられないべ。下手したら10月に雪降るし」
「10月? マジで。北海道、パネえ」
地元、北海道の冬のことを説明する蛍と、答える京香。
走っているうちに、いくつかの川を越える橋を渡り、目的地に着いていた。
亀岩の洞窟。
それが蛍が行きたかった場所。
だが、正直、真姫にはそれほど感動するものには思えなかった。
確かに、綺麗な緑に覆われた小さな洞窟、というかトンネルが水の上に広がっているのだが。
「ただの水とトンネルじゃん」
着いた早々、そんなことを口にしていた真姫に、2人は苦笑していた。
「真姫ちゃん。それ言っちゃダメでしょ」
「そだねー。それに実はここ、あることで有名なんだよ」
「あること?」
「うん。時間によっては、あそこの洞窟の向こうから差す光が、水面に反射して、ハート型に見えるって。だからハート岩とか呼ばれて、カップルの間では密かにバズってるとか、人気とか」
「それって何時に見えるの?」
「3月と9月の早朝とか言われてるかな」
それを聞いた真姫の表情が、一変していた。いかにも面倒臭そうに、眉を寄せて、顔を顰めていた。
「うわ、メンドくさっ。わざわざそんな狙ってまで来たくないよ」
「真姫ちゃん。リアリストすぎ。ロマンがないねえ」
それを聞いていた親友の京香は、苦笑していたが、真姫の性格をよく知る彼女は、同時に仕方がないとも思っていた。
この親友は、昔からこういう面倒臭がりな部分と、妙にリアリストな部分があることをよく知っているからだ。
「ごめんねえ、真姫ちゃん。私が不甲斐ないばっかりに」
蛍が、少ししょんぼりした表情で、俯いていた。
「別に、蛍ちゃんのせいじゃないから、気にしないで」
慌てて真姫が慰めるように声をかけていた。
少しクールで、リアリストで、変り者ではあるが、なんだかんだで、優しい気質を持っている真姫であった。
「じゃあ、次は私のオススメ! これなら絶対、真姫ちゃん、気に入るから」
元気よく声を上げた京香に、目を向けた真姫が、
「どこ?」
と尋ねると。
「房総半島にある、秘境のラーメン屋!」
「秘境のラーメン屋? 怪しい。大体、何でこんな場所に秘境があるの?」
親友の言葉を露骨に疑っている真姫が、怪訝な表情を見せる中、その親友は、妙に明るい表情で、
「甘いな、真姫ちゃん!」
と、右手を腰に当てて、勝ち誇るように大きな声を上げていた。
「かつて、数々の冒険者が、そのラーメン屋探しに挑み、そしてたどり着けず、敗れ去ったという、秘境のラーメン屋。それがこの房総半島にあるのさ!」
「いや、盛りすぎでしょ。どこのRPGだよ」
そんな親友2人のやり取りを見て、自分のオススメが真姫に否定されたようで、落ち込んでいた蛍が、ようやく笑顔を見せていた。
ということで、続いて京香の先導で向かったのだが。
出発してわずかに30分ほど。亀山湖という人造湖を越えて、小さな踏切を渡って右折して、少し走ったところで。
「ちょっと、京ちゃん。次の交差点、右折して」
いきなり後ろにいた真姫がインカムを通して、先頭の京香に指示を出した。
「え、何で?」
「いいから」
「わかったよ」
有無を言わさない口調で、強く言う真姫に従い、京香は、真姫に指示された箇所でバイクを右折させた。
たどり着いた場所は。
上総中野駅。
という、小湊鉄道の、ただの小さなローカル駅だった。
だが、バイクを降りた途端、真姫は、感動のあまり、声に出していた。
「いいね、ここ。実にいい!」
真姫の心を捕らえて離さなかったもの。
それはこの小さな木造の駅舎が、まるで時代に取り残されたかのように、こぢんまりと田舎の風景に馴染むように建っていたことだった。
古ぼけた、昭和の時代を思わせるようなレトロで、というよりももう風化しているようにすら見える、歴史の面影を感じる風情。
一般的な観光地にはない、こうした物にこそ、真姫は強い興味を惹かれるのだった。
「確かに、レトロでいいけど、そんなにいいべか、真姫ちゃん?」
「変わってるよねえ、真姫ちゃん。まあ、そこが真姫ちゃんのいいところだけど」
2人に、あっさり否定されたようで、逆に真姫は戸惑いの表情を作りながら、
「何で? この良さがわからないの? これは貴重だよ。写真撮りまくってやる」
興奮気味に、携帯のカメラを駅舎に向け、さらに無人駅であることを利用して、ホームにまで行き、写真を撮る真姫であった。
残る2人は、生暖かい目で、真姫を見守っていた。
思わぬ寄り道をしながら、いよいよ京香の言う「秘境のラーメン屋」を目指す旅が始まる。




