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ゆるツー  作者: 秋山如雪
4章 山梨
23/82

22. 夜の峠道

 山中湖近くの日帰り温泉施設を出発した真姫に、襲いかかってきたのは、「暗闇」という恐怖だった。


 駐車場から湖畔の道を回り、「平野」の交差点までおよそ10分少々。その間でさえ、右手にはぽっかりと口を開けたように広がる漆黒の湖、左手には不気味に思えるほど黒い森しかなかった。


 さらに、その「平野」の交差点から先は、ひたすら一本道になるが。


 午後7時を回り、この時期ならではの、寒さと、そして「闇」が襲いかかってきた。


 街灯は所々あったが、それでも都会に比べればはるかに「暗い」。というより暗すぎて見えない。


 バイクの、頼りないヘッドランプだけを頼りに進んで行くと。


 不意に、小さな影が道路脇に見えて、彼女を驚かせた。


(えっ、鹿!)

 恐らく、という憶測しかなく、夜目でよく見えなかったが、小さな鹿らしき動物が道路脇にいて、道路を横切るような気配を見せていた。


 もっとも、鹿は渡ることはなかったが。


 鹿という動物は、元々、日の出前と日没直後の薄明るい時間に活動する動物だそうだが、最近の日本では、人間の行動パターンに鹿が合わせて、夜間に出没することが多くなったという。


 つまり、昼間は人が多く、ハンターも多いということだが。


 鹿とバイクがぶつかった場合、実際にはバイクの方が危険に陥る。鹿のオスの体重は約50~200キロ、メスは約25~80キロと言われる。


 実際に、北海道でエゾシカと衝突した事故があったが、車なら無事で、バイクなら衝撃で弾き飛ばされたという事例もあったらしい。


 それくらい、個体としては大きいし、ぶつかった時の衝撃もまた、甚大になる。


 肝が冷える思いを抱きながらも、真姫が鹿を見たのは、この時だけだった。


 だが、そこから相模原市青山の交差点までのルート ―距離にして43キロ程度、時間にして1時間程度だが― は、真姫にとっては、初めて感じるような、深刻な闇夜の道だった。


 道の両脇には森しかないし、真っ暗で何も見えない。


 かろうじて、道には該当がついているものの、どこか頼りないオレンジ色の光が所々に点在するのみ。


 おまけに、土曜日とはいえ、この時間帯では交通量も少なく、11月なら気温も低い。


(寒い!)

 あまりにも寒くなり、先程までお湯に入っており、暖まったはずの体が一気に冷えていくのを感じながら、同時にハンドルを握る両手が、かじかんでいくのを感じていた。


 小さな峠を越え、山道を下り、20分ほどでようやく「道の駅」の看板を見つけて、信号機を右折した彼女。


「道の駅どうし」。


 「道志みち」と呼ばれる、この国道413号に唯一存在する「道の駅」で、土日は、首都圏の数多くのライダーで賑わう場所だ。


 もっとも、夜の7時半を回ったこの時間帯には、すでに多くのライダーやドライバーが立ち去っており、道の駅自体は閑散としていた。もちろん、道の駅の商業施設自体が営業時間外だった。


 ここで、わずかに残るバイクを横目に、バイク駐輪場に停めた彼女は、一度降りてから、持ってきたリュックを開き、グローブを取り出した。


 それは予備に持ってきた「冬用グローブ」だった。

 さらに、ライダースジャケットを脱ぎ、下にもう一枚、同じく持参した予備のカーディガンを着込む。


 再びライダースジャケットを着た彼女は、自動販売機コーナーに、てくてくと歩いて行った。


(マジで寒い!)

 向かった先の自動販売機で、暖かい缶コーヒーを手にし、ようやく一息つきながら、それを喉の奥に流し込み、同時に両手を熱で暖める。


 夜の峠道の暗さ、そして11月の寒気が、まだそれほどバイクに慣れていない真姫に容赦なく襲い掛かり、全身を冷蔵庫の中に入れたような気分に陥る彼女。


(防寒対策しないとな)

 切実に思うのだった。


 彼女のバイクは、カウルつきで、小さな風防もあったが、それでも身に襲いかかる、寒気に対しては、不十分な備えだった。


 ピコン、と音が鳴り、携帯を見ると。


―真姫ちゃん、そろそろ帰ってきた? どうだった?―


 当然ながら、親友の京香だった。


―いや、まだ道志みち―


―えっ、何で?―


―日帰り温泉で寝てた―


―ああー、なるなる。バイク乗りあるあるだねー。特にこの時期、温泉なんて入ったら、寝るよね―


 いつも通り、少し独特な口調で、しかし明るく返信してくる彼女だったが、それでも真姫の身を案じて、送ってきてくれているのは、明白だった。


―真姫ちゃん。夜の峠道は、暗いから気をつけてねー。焦って絶対、スピード出しちゃダメだよ―


 予想していたように、心配そうにメッセージを送ってくれる、親友にほくそ笑みながら、真姫は、


―ありがとう、京ちゃん。ゆっくり帰るよ―


 返すと、


―無事に帰ったら、メッセちょうだい。じゃね~―


 速攻で返ってきており、一方的に会話は終了した。


(京ちゃんらしい。けど、心配かけちゃったな)

 ある意味、両親以上に、彼女の身を案じてくれる親友に感謝しながら、ようやくバイクにまたがり、夜の峠道へと突き進むことを決意する彼女。


 そこから先は、約40分ほどで、この峠道を抜けるのだが。


 行けども行けども、ひたすら山道だった。

 道志村と呼ばれる辺りに、多少の人家がある以外は、周りには森とキャンプ場くらいしかない。


 コンビニもなければ、休憩すべき場所もない。


 何とも心細い思いをしながらも、真姫はこの山道を、いつも以上に慎重にブレーキングをかけながら、走って行った。


 何よりも、こんな夜の人気がない道で、転倒したり、事故を起こすのが一番怖いことを彼女は、自然と思っていた。


 ひたすら山の中の一本道を越え、やがて、山梨県と神奈川県の境目に当たる、「両国橋」という橋を越える。


(やっと神奈川か)

 実際には、それほどの長さではなかったが、夜で暗いのと、寒いのも加わり、いつも以上に時間を長く感じていた彼女は、ホッとしながらも神奈川県に戻ってきたことを痛感する。


 そこから、またいくつかの山道を越え、わずかに存在するコンビニを右手に見て、ようやく午後8時30分頃。


 「青山」と書かれた交差点に到達する。

 ここまで来ると、もう神奈川県相模原市になる。


 後は、街灯が増え、それに比例して人家が増えてきた首都圏の道だ。


 なんだかんだで、それから1時間はかかったが、午後9時半頃。


(着いたー)

 彼女は無事に自宅のガレージに到着し、エンジンを切ってバイクを入れ、ヘルメットを脱いだ。


 真っ先にグローブを脱ぎ、親友にメッセージを送ることを忘れない。


―京ちゃん。帰ったよ。夜の道志みち、怖かった―


 そんな親友の身を案じていた京香からの返信もまた速いものだった。


―良かった。心配したよ。次は、蛍ちゃん、誘って、房総半島行こうと思うんだ。また連絡するね~―


 それが、親友からの、新たな「フラグ」になるのだった。


 真姫の小さな旅は、続く。

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