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ゆるツー  作者: 秋山如雪
4章 山梨
20/82

19. 雨と日帰り温泉と

 清々しい秋晴れの中、再び山梨県道18号をひた走ることになった真姫。


 そこから先の道もまた、交通量が少なく、周りを大自然に包まれた、山と森の景色が続く快適な道だった。


 先程の一宮神社から15分以上走ると、小さな峠を越えて、ようやく国道に出る。国道139号。


 静岡県富士市から、山梨県郡内(ぐんない)地方を経由し、東京都奥多摩町にまで至る長い国道であり、この辺りは本当に山の中を貫き、コンビニすらもない、自然の中の道だった。


 そこからすぐのところに道の駅こすげはあった。


 山の上に築かれたような大きな道の駅で、物販店や日帰り温泉が併設され、バイク用の駐車スペースもある。


 バイクをその駐車スペースに停めた真姫は、大きく伸びをしていた。


(気持ちいい空気感だな)


 その駐車スペースのすぐ脇からは、小菅村の山々が青々と広がっている絶景が広がり、都会にはない清涼な空気感と、穏やかな雰囲気が漂っていた。


 道の駅の物販店を冷かし、ついでに日帰り温泉に行こうとも思った彼女だったが、あまりにも天気がいいのと、まだあまり疲れていなかったこともあり、飲み物だけを買って、少し休憩しただけで、再びバイクに跨って、この道の駅を出発した。


 そしてその判断が、意外な方向に彼女を導く。


 道の駅こすげから、再び県道18号に戻り、再び山道に入る。今度は「今川峠」と呼ばれる、マイナーなつづら折りの山道で、細い道幅と、滅多に車が通らない、少ない交通量により、一気に駆け抜けて、約20分後に国道411号に当たる。


 そこがこの県道18号の終点だった。


 国道411号。

 東京都八王子市から奥多摩町を経て、山梨県甲府市に至る山道で、青梅街道を踏襲するルートになる。

 この区間では、国道20号の「甲州街道」に倣い、「甲州裏街道」とも呼ばれる。


 道幅は広いものの、どんどん急峻な山道に入って行き、険しい山が続く。東京都・埼玉県・山梨県・長野県に跨る巨大な国立公園、秩父多摩甲斐国立公園と呼ばれる一帯に当たるこの辺りは、広大な自然に包まれ、小説で有名な「大菩薩嶺」がそびえる、まさに大自然の中の、山岳地帯である。


 途中まではそのルートを気持ちいい秋風に吹かれて、快適に登っていた彼女だったが。


 次第にその身に、「寒気」を感じるようになった。

 それもそのはず。この辺りの最高地点、柳沢峠の頂上付近の標高は1472メートル。彼女が普段、生活している場所とは、雲泥の差で気温が低い。


 しかもすでに11月。

 山の秋は深まるのが早く、すでに紅葉を終えているところも多々ある上に、次第に強まる寒気に加え、山の頂上付近は、天気が悪く、霧雨混じりの雨になっていた。


 山の天気は変わりやすい。麓が晴れていても、上は曇りや雨というのは、しょっちゅうある。


 一応、カッパを持ってきてはいたが、雨自体が弱かったのと、停まってカッパを着るのが億劫なこともあり、彼女はそのまま突っ切っていた。


 だが。

 次第に山の寒気は強まり、雨脚もまた標高が高くなるにつれて強まってきていた。

 

 何とか30分ほどで柳沢峠の頂上に着いた頃。

 晴れていれば、富士山がよく見えるという、茶屋に寄りたかった彼女だったが、ジェットヘルメットのシールドに絶えず当たる雨脚と、思いの他濡れたライダースジャケット、ジーンズにより、それを諦め、山を下ることに決めた。


(雨で見えないし、寒い!)

 バイクで雨に当たる時の一番困難な問題が彼女を襲う。


 シールドに当たる雨により、視界が遮られる。かと言ってシールドを上げると、雨が顔に当たり、痛くなる。


(早く雨雲から抜けないと)


 真姫の予測では、この雨はこの峠付近にのみ停滞している状況で、麓は晴れていると思っていた。


 そのため、いつもより急ぎ気味に、山道を下って行った。


 だが、その憶測とは正反対に、山を下り続けても、一向に雨が止むことはなかった。


 晴れていれば、甲府盆地を見下ろしながら走ることができるはずの快適なルートも、雨のために走るのもやっとの状況。


 それに加え、真姫は、ライダーの父から聞いていた通りに、橋の継ぎ目やマンホールに注意をしながら、慎重に降りて行ったため、景色を見る余裕もなかった。


 15分程度走っただろうか。


 不意に、道の左側に「日帰り温泉」の表示を見つけた彼女は、ほとんど本能的な反射神経で、そこの駐車場に入って、バイクを停めた。


(良かった)


 内心、安心して、ここで時間を潰すことを決意するのだった。幸い、こういう時に備えてタオルを持参してきていた。


 そこの日帰り温泉は、山の上にあり、時代劇に出てくるような、古い瓦屋根の門が、駐車場から建物入口の間に建っているのが特徴的だった。


 その光景が面白いと思いながらも、全身濡れていた彼女は、未だに降り止まない雨にうんざりしながら、駆け足で日帰り温泉施設の入口に向かったのだった。

 

 脱衣所で、急いで服を脱ぎ、急いで体を洗って、湯船に浸かる。


(生き返る。つーか、出たくない)

 やがて、内風呂から露天風呂に出て、肩まで湯に浸かった彼女は、しばらく目を閉じたまま、ボーっとするのだった。


 同時に、改めて考えさせられていた。


(バイクは楽しいけど、雨は嫌だな)


 そう思い直すと同時に、標高が高い山の道を通る時の心得もまた、考えさせられるような思いがしていた。


 バイクは生身で走るため、季節を感じやすい。

 逆に言うと、季節感の影響をモロに受けるので、適切な格好で行かないと、極端に寒かったり、暑かったりを感じてしまう乗り物である、と。


(もう少し厚着してこれば良かった)

 それこそが、真姫が最も感じていた事実。


 家を出発した時とは、段違いの寒さと、まさかの雨に当たり、結局、それから1時間近くも風呂に入った後、ようやく上がった彼女は、脱衣所で髪と一緒に濡れた衣服もドライヤーで乾かすのだった。


 幸い、風呂から上がって、畳の休憩スペースに行くと、雨脚は多少弱まっていた。


 テレビから流れていた天気予報では、甲府地方は「晴れ時々雨」の予報だった。

 その「時々」に当たるのが、ツーリングであり、雨雲から逃れるように、雨雲レーダーと睨めっこをするのも、またツーリング。


 この施設で、午前中の、残りほとんどの時間を使ってしまい、食事を取ってから、ようやく彼女は、ここを後にした。


 目指すは甲府盆地。


 雨は上がっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 雨降りは、予想を外れて急に起きたりしますからね。 「時々」や「所により」は、曲者です。
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