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ゆるツー  作者: 秋山如雪
4章 山梨
19/82

18. 県道18号

 その日、天気は快晴だった。


 秋が深まり、紅葉が進む11月。

 あの杏の事故から2週間が経った。

 幸い、彼女の怪我は打撲で、湿布を貼っていれば治る程度であり、バイクの破損もミラー付近と、シフトペダルが少し曲がった程度で済んでいた。


 その日は、土曜日。

 だが、親友の京香は相変わらず店の手伝いで忙しく、同じように杏はバイトにいそしみ、そして蛍は別の友達と横浜市内で遊んでいた。


 ということもあり、その日はやっと一人でツーリングに出かけることが出来る、と真姫は勇んで朝から出かけていた。


 前回、杏に呼ばれたせいで、行けなかった場所。行きたいと思っていた「山梨県道18号」を目指して。


 西府の自宅からは、ルートが二つある。

 前回、奥多摩に行った時と同じように、あきる野から都道33号を通り、東京都と山梨県を結ぶ甲武トンネルを抜けるルート。


 もう一つは、八王子から国道20号を真っ直ぐ通り、上野原市から同じく33号を経由して、至るルート。


 彼女にしてみれば、どちらでも良かったのだが、国道20号は東京と山梨を結ぶ幹線道路で常に交通量が多い。


 つまり、渋滞も混雑する可能性も高い。


 ということで、奥多摩に行った時と同じように、あきる野経由で行ってみることにした。


 途中までは奥多摩に行った時と全く同じルート。


 武蔵五日市の駅前からは、ツーリングスポットである、奥多摩周遊道路を目指して走るライダーたちの姿が多かった。


 だが、上川乗かみかわのりの交差点を左折し、山道に入ると、風景は一変する。


 くねくねとした、つづら折りの山道に急カーブが続く、細い道で、天気がいいその日でも交通量は少なく、ごくわずかにヒルクライムの自転車が見えたくらい。


 峠を上った先には、栗坂トンネルと呼ばれる短いトンネル。そしてその先に甲武トンネルがあった。


 山を貫く真っ直ぐなトンネルだが、交通量が少ないので、ほとんど一人で走っている感覚を味わえる。


(気持ちいい!)

 道が真っ直ぐ、後にも先にも車もバイクも姿が見えなかったので、珍しく真姫はアクセルを多めに回して飛ばしていた。


 そこを抜けるともう山梨県に入る。


 くねくねと曲がりくねった細い道を降りていくと、川の手前から分岐点に差し掛かる。


 案内看板に「多摩源流 小菅こすげ村」と書かれてあり、その方向に向けて右折する。


 その交差点の新山王(さんのう)橋という辺りから、国道139号を越えて、その先にある国道411号に合流するところまでが、一般的に言うところの「県道18号」で、距離にして約31キロ。


 そのうち、まずは国道139号との合流地点の21キロ部分を走る。


 彼女にとって、ここは初めて走るルートだったが、快適に思えた。

 まず、交通量が少ない。

 朝、早い時間ということもあったが、幹線道路から外れているこの辺りは、圧倒的に交通量が少ない。


 おまけに、多少細い区間はあったが、おおむね道幅も広いし、路面状態も悪くなくて、走りやすい。


 時折、車では離合が難しい区間もあったが、バイクでは問題なかった。


 そして、何と言っても、真姫の目を楽しませてくれたのが、「自然」だった。

 道の両脇いっぱいに広がる木々が、晩秋に差し掛かり、赤や黄色に見事な色を見せてくれ、遠くの山々が陽光に照らされて、青々と見える。


 「上野原丹波山(たばやま)線」とも呼ばれるこの県道は、山梨県の大自然の中を走るルートである。


 有名すぎて、常にバイクや車で賑わい、流れが悪い、隣の奥多摩周遊道路とは違い、時間にもよるが、大抵は走りやすい。


 沿道には、本当に何もなかった。

 時折、思い出したかのように現れる自動販売機、野菜直売所があるくらいで、蕎麦屋らしきものもあったが、幹線道路に点在するようなコンビニ、スーパー、パチンコ屋、飲食店がまったくと言っていいほどない。


 だが、

(走りやすい道)

 まだバイクに不慣れで、なおかつ先日、杏の事故を目の当たりにした彼女にはこの道は非常に快適に思えた。


 20分頃進んだ頃。

 不意に真姫はバイクを右に旋回して、石碑の左脇に寄せて、停めた。


 神社の鳥居と石段、手水舎ちょうずやが目に止まったからだった。

 降りて、ハンドルに脱いだヘルメットをかける。


一宮いちのみや神社?」

 聞いたこともない神社だった。


 だが、何となく惹かれて、真姫はそこへ足を向けていた。


 手水舎付近に、塔のような石碑があり「甲斐国 西原郷 一宮神社」と書いてあった。


 手水舎で手を洗い、鳥居をくぐって石段を上る。

 その先にあったのは、何のことはない。


 古い社と狛犬が、深い木々に包まれて鎮座していただけだった。

 だが。


(この雰囲気、いいな)

 何もない。


 あるのは、自然とおごそかな社だけ。逆にそれが真姫にとっては、良かったのだ。

 ここには、観光地によくある喧騒も、人混みも、鬱陶しい爆音を発するバイクも、暴走車も何もない。

 ただ自然のままの風景と、自然が発する穏やかな音だけが、静かに横たわっていた。


 心が穏やかな気分になれる気がして、しばらくはそこに佇んで、写真を撮ったり、ぼんやりしていた。


 そこへ、不意にLINE通知の音が響く。

 見ると、京香からだった。


―はろはろー。真姫ちゃん、今日はどこ行ってるの?―


 恐らく時間的にまだ早いから、仕事前だろう。相変わらずの元気を感じさせるような口調で語りかけてくるように文面には書かれてあった。


―県道18号だよ。なかなかいい道だね、ここ―


―おお。また渋いところ行ってるね~―


 一宮神社の写真を載せると、京香から返事があり、驚いたような表情のキャラクターのスタンプが送られてきた。


―どうせなら、道の駅小菅から、R411に行って、そのまま峠越えて、山梨県に行っちゃえば~?―


―いや、ここもう山梨県だけどね―


―そっか。そうだったね。まあ、R411は走りやすいから、そのまま山を抜けて、向こう側まで行くのもありだよ。フルーツラインとか笛吹川フルーツ公園とか、色々見所あるし、楽しんできてね~―


 そう言われて、アプリで地図を確認すると、確かに県道18号の先に、道の駅小菅があり、その先の山を越えると、国道411号に当たることがわかった。


―うん。ソロだから、色々適当に回るよ―


―気をつけてね~―


 相変わらずの京香の口調に、頬を緩ませながら、彼女は石段を下りて、バイクへと向かう。


 県道18号に戻り、道の駅小菅を目指して、朝の快適な空気の中を、再びバイクで走りだした。

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