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ゆるツー  作者: 秋山如雪
3章 杏
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15. 優しい子

 真姫が、急きょ呼び出されて、白糸家に子守りとして来たのが昼過ぎの12時半頃。

 そこから数時間が大変だった。


 一番上の子、桃はとにかく明るい。まるでパリピギャルの杏が小さくなったような存在で、テレビやインターネットの動画を見ては大声ではしゃぐし、落ち着きがない。

 おまけに話し方が、杏にそっくりの丸きりパリピギャル。

 まだ10歳の小学4年生というが、将来が心配になるほどだった。


 二番目の子、林太郎は桃以上に、落ち着きがない。腹が減ったとあまりにもうるさいので、冷蔵庫にあった余り物の食材を勝手に借りて、野菜炒めを作ってあげた真姫だったが、食べ終わると、今度はサッカーがしたい、と言い出し、強引に真姫を連れだして、近所の公園でサッカーを始めた。

 おまけに元気すぎて、体力のない真姫はバカにされる始末。

 彼は8歳で、小学2年生だという。


 三番目の子、柚。彼女だけは一番、真姫に近い性格だった。おとなしくて、あまり自分からは話さないが、幼いながらも心根が優しいところがあり、常に真姫を気遣ってくれるのがわかって、真姫は心が暖かい気持ちになっていた。

 彼女はまだ5歳で、幼稚園児。


 だが、それでも数時間でも子供と一緒にいるだけで、

(疲れる)

 子供の持つ、底知れないパワー、体力に振り回されて、夕方に帰宅した頃には、真姫はぐったりしていた。


「真姫おねえちゃん。だいじょうぶ?」

 そんな彼女を一番気遣ってくれる柚があまりにも可愛らしくて、


「柚ちゃん。大丈夫だよ。ありがとう」

 真姫は、疲れた顔を向けながらも、彼女に目線を合わせて、笑顔をこぼしていた。

 この柚は、真姫にはまるで幼稚園児とは思えないくらい大人びているように見えて、将来はしっかり者になりそうな予感すらしていた。


 夜の7時。すでに陽が暮れて、すっかり暗くなった頃。

「ただいまー」

 ドアを開けて入ってきたのは。


「あ、お母さん!」

 一番上の桃が叫びながら、ドアの方へ走って行った。


 見ると、40代くらいの女性がいた。

 杏に似ているが、くたびれたような表情で、化粧の上からでも疲労が顔に滲み出ていた。

 杏の母親だった。


 目が合うと、

「あなたが真姫さんね。杏からLINEで聞いてるわ。大変だったでしょ。本当にありがとう」

 と疲れた素振りを見せずに笑顔を見せた。


「いえ」

 短く発する真姫のその袖を柚が掴んだままなのを見て、杏の母は、


「柚が他人に懐くなんて珍しいわね」

 杏と同じことを言っていた。


「あの、すいません。勝手に冷蔵庫の物をお借りして、ご飯作ってしまいました」

 申し訳なさそうに謝ると、


「いいのよ。というよりありがとう。どうせ林太郎がせがんだんでしょ」

 さすがに母親だった。子供の性格、行動を予測し、熟知している。


「どうする? 杏が帰ってくるまで待つ?」

 彼女にそう言われて、杏に「母が帰ってくるまで」と言われたことを思い出していた真姫だったが。


(なんか後味が悪い)

 このままこの場で帰るのも憚られたため、杏が帰ってくるまで待つことに決める。


 結局、杏の母が帰り際に買ってきた食材で、チャーハンを作り、真姫までご馳走になっていた。


 席上。母親の一言で、真姫は、杏の正体を知ることになる。

「あの子は、本当に優しい子だよ」

「えっ。杏、いや杏さんがですか?」


「ええ」

 彼女の母が語った真相。

 

 それは、この家族に起こったこと。

 1年ほど前。この母親の夫、つまり杏たちの父が仕事の過度なストレスから、精神的な病になり、突如、失踪したという。


 そのため、残された家族は、その日から絶望的な状況に置かれることになった。

 当然、家族全員が巻き込まれ、この父親にほとんど貯金がなかったため、生活にも苦しむことになる。


 家族全体に「暗い」影が差す中。

 杏がそんな暗い状況を打ち破るため、あえてああした極端に「明るい」キャラを作って、明るく振る舞い、家族を鼓舞したという。


 さらに、母親がパートで稼ぐだけでは足りない家計を助けるため、高校生になった途端に自らバイトを買って出て、積極的に働きに出ていた。


(すごいな。同い年とは思えない。これが蛍が言った「優しい子」の正体か)

 真姫にとって、それは衝撃的なことだった。

 同時にあのパリピギャルは、実は「造られた」性格だったという、衝撃的な事実に直面していた。


 さらに。

「一番上のお姉ちゃんとして、あの子は欲しい物も全部我慢していたの。それが私には不憫に思えてね。だから今年の夏くらいに好きな物を買っていいよ、って言ったの」

「それが、彼女がバイクに乗った理由ですか?」

「多分ね」

 幼い妹や弟、家族のためにすべてを犠牲にして、がんばってきた杏。母親というのは、いつの世も、子供が一番大切だ。


 だから、多少無理をしてでも、子供のために何かをしてあげたいと思う。

 それが「親心」だろう。


 そんな事情を初めて知った真姫は、少し感動を覚えると共に、杏のことを見直していた。


(人は見かけに寄らない……か)

 かつて親友の京香にも言われたことが身に染みた。



 ところが。

「お姉ちゃん、遅いね」

 夜の9時頃。動画を見るのに飽きて、今度は母親のスマホでアプリのゲームをやっていた桃が言い出したことがきっかけだった。


「そうね。いつもならこの時間には帰ってくるのに」

 その母親の一言で、真姫の中で「嫌な予感」が走る。


 彼女は、直感的に「何かあった」と思うのだった。

 仕方がないから、気乗りはしなかったが、杏個人に宛てて、LINEメッセージを送る。


―みんな、心配してるよ。早く帰ってきな―


 だが、一向に返事がない。

 いつもLINEにはすぐに反応する彼女には珍しく、既読にすらならなかった。


 どこか胸騒ぎを覚える真姫。


 時刻は刻々と進み、やがて午後10時。

 さすがに遅すぎる、と感じたのだろう。


 杏の母が、携帯を手に取り、電話をかけ始めた。

「はい。白糸杏の母です」

 ところが。


「そうですか。わかりました」

 あっさり電話を切っていたが、その表情は暗かった。


「何かわかりましたか?」

 尋ねると、

「1時間くらい前に、もうバイト先を出たそうよ」

 との答えが返ってきた。


(1時間前。遅すぎる)

 杏に少し聞いた話だと、バイト先は近所だという。


 胸騒ぎが確信に変わりつつある中。

「眠いよー」

 一番下の柚が、小さな体で布団に入り、横になり始めた。


 その時、母親の携帯がけたたましく鳴った。

 慌てて出る彼女。

「えっ。警察ですか? はい。はい。わかりました。すぐに伺います」

 声音から、何かが起こったと一瞬で、真姫も確信に至る。


 電話を切った母親が、神妙な面持ちで、暗い表情のまま発した一言が、衝撃的だった。


「杏。事故に遭ったって……」

 時刻は深夜10時10分。


 事態はさらに意外な方向に進む。

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