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ゆるツー  作者: 秋山如雪
3章 杏
15/82

14.  家族

 横浜市青葉区の杏の家の前に到着したのは、それから50分ほど経った頃だった。道が空いていれば、40分程度で着けるが、都内や横浜市は常に道路が混んでいる。


 そして、そこで見た「家」が真姫の予想外のものだった。


 古い賃貸のマンション、というよりもアパートで、築年数が相当古いように思えた。

 壁は薄汚い灰色で、ドアは粗末な木の板のような物で、窓はまるで鉄格子のように見える。築30年、いや40年は行っているかもしれない。2階建ての粗末なアパートだった。


(マジでここか)

 一瞬、間違えたかと思うほど、真姫は戸惑っていたが。


 アパートの前にあった駐輪場。いくつかの自転車が置かれてある中に、確かに見知ったバイクが置いてあった。

 黒と白を基調としたカラーリングのスズキ GSX250R。間違いなく秩父で見た杏のバイクだった。


 そして、音で気づいたのだろう。

 2階の角の一室のドアが開いて、私服姿の杏が顔を出した。


「真姫! こっち!」

 仕方がないから、バイクを駐輪場に停め、エンジンを切って、ヘルメットを脱いで、ハンドルにかけてから彼女は、粗末な鉄の階段を上った。


「で、何だよ。いきなり」

 廊下で声をかけ、彼女に続いて中に入り、想像以上に狭い家に通される。中は1LDKだったが、9畳ほどのリビングと6畳ほどの和室だけの狭い家で、かろうじてシャワーとキッチンがあった。


 だが、中の様子はさらに彼女の想像を絶していた。


 見るからに、貧しい。

 家財道具一式自体が何年前の物かわからないし、箪笥も椅子もくたびれている。秩父で見た時に感じた、彼女の服装は派手派手で、オシャレにも見えたが、あれは「見栄」を張ったのだろうか。


 だが、それよりも目についたのが。

「姉ちゃん。その人、誰? いつメン?」

「腹減ったぁ」

「おねえちゃん」


 子供だった。それも3人。

 一瞬、頭が混乱して、「杏の子か」とすら思ってしまった真姫だが、年齢的に考えてそれはあり得ないと思い直す。


「紹介するよ。あたしの妹と弟。上からもも林太郎りんたろうゆず


 桃と呼ばれた女の子は、年の頃は小学生高学年くらい。お世辞にも綺麗とは言えない、粗末なセーターを着ているが、オシャレにも見えるショートボブの髪に、表情は明るく、目元が姉の杏にそっくりだった。


 林太郎と呼ばれた男の子は、小学生低学年くらい。こちらも薄汚れたパーカーのような服を着ており、短い頭髪が特徴的な元気の良さそうな子。


 柚と呼ばれた女の子は、一番幼く、おかっぱ頭で幼稚園児くらい。ピンクのワンピースを着て、俯き加減にこちらを遠慮がちに見ていた。というより、姉の杏の足にしがみつくようにして、肉食動物を警戒する小動物のように、こちらを見ていた。


 これだけで、真姫は察した。

(この子の家、何かある)

 かつて、秩父で蛍に言われた杏の家の「特殊」な事情が何となくわかってしまった。


(恐らくは母子家庭)

 それが真姫が瞬時にたどり着いた予想だった。


 そして、通された9畳ほどのリビングの真ん中、小さなテーブルの前に座らされた。

「ごめん、真姫。今日、バイト休みだったんだけど、どうしてもヘルプ入ってくれって言われてさ。夜には母さんも帰ってくるし、それまででいいから、この子たちの面倒見てくれない?」

 いきなりそう言われた真姫は、さすがに面食らった。


「はあ? 私に子守りしろって言うの?」

「そこを何とか」

 必死に手を合わせ、懇願する杏。


 あれだけパリピギャルを装い、散々自分たちを振り回しているように見えた、あの時の杏と同一人物には思えないくらい、彼女は必死な様子だった。


「ウチ、母子家庭でさ。父さんと母さんが離婚してから、ちょっと大変でね」

 杏の口から漏れた言葉で、事情は察した真姫。やはり予想通りだった。


 この「絵に描いたような貧乏家庭」にはそういう背景があったのだと気づいた。


「でも、私、子供苦手なんだよね。ウチ、兄弟いないしさ」

 それが真姫にとって、最も危惧する不安材料だった。


 一般的に、兄弟、特に自分より下の子がいない状態で育つと、小さい子供を見ることがないから、子供の扱いに慣れないまま、育つ子が多い。

 真姫は一人っ子だったから、なおさらそういうのは慣れていないのだ。


 杏には悪いけど、やっぱり断ろう。そう思っていた真姫だったが。

 突然、彼女の袖が遠慮がちに小さな手で掴まれた。見ると、一番小さい柚という名の女の子が、円な瞳でじっと真姫の顔を見つめていた。


 すると、杏は、秩父で見た時には想像もつかなかった、優しげな、まるで母親のような笑顔で、

「あら、柚。このお姉ちゃんのこと、気に入ったの?」

 と柚に目線を合わせて微笑んでいた。


 コクンと小さく頷く柚。

「真姫。良かったじゃん。柚は人見知りで、滅多に人に懐かないんだよ。この子、感受性が強いから、あんたに同じ匂いを感じたのかもね」


(同じ匂いってのがなんか嫌だ)

 そう思いながらも、円らで邪気のない瞳で、こちらを見つめ、袖を掴むこの子がとても愛らしいと真姫は思ってしまった。


「……あー、もうわかったわよ。ただ、あんたにはいつかこの『借り』を返してもらうからね」

 ついに真姫は、折れた。


 半分は、この柚という子が、可愛いと思ったから、というのもあったが、困っている他人、というよりもすでに知り合いになっていた杏を、みすみす見捨ててしまうのも後味が悪いと思ったからだ。


「マジで! サンキュー。今度、奢るよ。冷蔵庫の物は勝手に使っていいから。じゃあ、あたしはバイト行ってくるから」

 と言い残し、風のように猛烈な勢いで、ドアを開けて去って行った杏。


 残された真姫の周りには。

「お姉ちゃん。暗いよー。ばいぶすあげあげ! 私にかまちょ」

 杏にそっくりの口調でしゃべる桃。


「腹減ったー。なんか作って?」

 全く遠慮の欠片かけらもなく、飯を要求してくる林太郎。


「真姫おねえちゃん。絵本、読んで欲しいの……」

 とても控えめで、おとなしいところが、姉の杏には似ても似つかない、可愛らしい柚。


 子供3人に囲まれていた。

(あー、もう! 何やってんだ、私は)

 せっかくの休日。ツーリングに行く予定が、真姫は子守りをすることになった。


(仕方ないか)

 ただ、なんだかんだ言っても、彼女は「お人好し」で、こういうところで、知り合いを見捨てる決断ができなかった。


 そして、その決断が、意外な方向へと彼女を導いていく。

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