クラスメイトの美少女に告白したと嘘を吐いたら、なぜか恋人ができた。
「お? あれは……」
休日。午後。やや陽が傾いてきたころ、ショッピングモールで俺は知り合いを見かけた。
黒瀬玲奈。クラスメイトだ。
やや日本人離れした整った顔立ちに、華奢な体躯に見合わない大きな胸。さらりと流れる長い髪に、透き通るような白い肌。背筋の伸びた姿勢は上品さを醸し出している。
語彙力が貧弱なので、陳腐な表現になるが、いわゆる美少女というやつである。
さすがは学内で『姫』などと呼ばれる美貌、道行く異性の視線を釘付けにしている。
そんな美少女が一人で歩いているものだから、声をかけようとする男も多いようだが、逆にあそこまで美人だと気後れするんだろうな、まごついている間に黒瀬はすたすたと去ってしまっている。
ここらじゃ一番大きなショッピングモールなので、クラスメイトを見るくらいは不思議じゃない。黒瀬のことも、前に一度見たことがある。
知り合いとはいってもただのクラスメイト、仲がいいわけでもないので、声をかけるつもりもない。ただ、やっぱり目を引くなー、となんとなく眺めていただけだ。
「あっれー、黒瀬さんじゃん! 奇遇だねー、なにしてんのー?」
とか思った三十秒後に話しかける俺。
黒瀬は俺のことを視界に入れると、結構露骨に顔を顰めた。
まあわからんでもない。多分、俺は彼女の嫌いなタイプである。
俺のスペックはいたって平凡。顔立ちはイケメンなどと自称すれば鏡見て来いと言われること間違いないけど、別に不細工ではない平凡な顔立ち。不細工ではないはず。
身長は平均身長+0.5㎝。平均より高い、というには誤差だけど。
太ってるわけでも痩せてるわけでもなく、もちろん筋肉ムキムキとかでもないいたって平凡な体格。
そんな俺だが一応学校では陽キャグループに所属している。イケメンが多いイメージのある陽キャだが、まあそれなりに身なりを整えて明るい性格してりゃあ顔立ちが平凡でも陰キャとは言われない。
真の陽キャはイケメンばっかな気がするけどね。雰囲気イケメンならぬ、雰囲気陽キャだ。
雰囲気陽キャのクラス内での立ち位置は、あいつらなんかいつも騒いでんなー、みたいな感じ。
休み時間のたびに友達とつるんでは馬鹿話で盛り上がっているような。クラス内での発言権もなくはないけど、馬鹿なこと言って流されることが多い、みたいな。
つまりは他のグループから『うるさいやつら』と思われてるようなグループである。
黒瀬のグループは、本人があんな感じだから、上品で落ち着いたグループって感じ。女子が集まればそれなりに姦しく騒いじゃいるけど、俺たちの馬鹿笑いを聞いて「騒がしいなー」と顔を顰めることも多い。
特に黒瀬なんて、あの美貌のせいで寄ってくる男が多いから、男に対する壁が厚い。声をかけてくる男に向ける視線の鋭さと冷たさから、『薔薇姫』とか『氷姫』と呼ばれているくらいだ。
「白河さん……何か御用ですか?」
「わあ冷たい。黒瀬さん買い物? あ、荷物もってないし違うか。デートとか?」
「違います。あの、離れてくれませんか」
ウザ絡みする俺を引き離そうと、早足になる黒瀬。それに合わせて俺も早足になる。
黒瀬の顔を見ると、かなり不機嫌そうだ。整った顔立ちだけに、その表情がかなり怖い。
俺はちらりと後ろを確認してから、少し声を落として、黒瀬に話しかける。
「黒瀬、お前、ストーカーされてたりする?」
「え?」
急に変わったトーンと、その内容に、黒瀬は不機嫌そうな表情を忘れ、きょとんとする。
あら可愛い。
「……心当たりはありませんが、急に何ですか」
「いや、後ろからずっと黒瀬のこと尾けてる男がいるから」
「え!?」
黒瀬が慌てて振り返ろうとするが、その頬に俺の指が刺さった。
ぷに、とやわらかくもちっこい感触にちょっと感動する。
「振り返ったら気付かれるから、俺と話してる風にちょっと横向きながら見て。紺のパーカーのやつ、わかる?」
「…………赤い靴の人ですか?」
「そ」
黒瀬は俺の言ったとおりに目だけで後ろを確認し、そいつを捉えた。
その間俺はぷにぷにと頬の感触を楽しんでいる。
黒瀬の頬に赤みが差してきた。
「……いつまで触ってるんですか。セクハラですよ」
「いやマジこれ気持ちいい。お肌の手入れバッチリね」
「……あの人が尾行してるって、なんで決めつけてるんですか? たまたま向かう方向が一緒なだけでは?」
ストーカー、などと聞いたからか、かなり不安げな表情。
「俺が声をかけてから、黒瀬早足になったじゃん? それに合わせてあいつも速度上げたんだよね。ずっと一定の距離保って歩いてる。あと、黒瀬に絡んでる俺への視線がめっちゃやばい。視線だけで殺されそう」
頬を突いたままなのは、頬の柔らかさにいつまでも触っていたいからではない。ないこともないけど。
一番の理由は後ろのストーカーっぽいやつへの挑発である。
俺が接近してから、刺さるような視線を感じていたが、今は呪い殺されそうな視線を向けられている。
まあ黒瀬ほどの美少女に絡んでる時点で周りの男どもからの痛めな視線はあるんだけど、そいつからの視線は別格。
「黒瀬一人で帰んない方がいいよ。親呼べる?」
「あ……そうですね。電話します」
「何なら俺が一緒に帰ってあげよーかー?」
「け、結構ですっ!」
大きめの声でトーンも高くして一緒に帰るか聞くと、黒瀬はちょっと瞳を揺らしつつも断った。
そして黒瀬は、親に電話するためにだろう、近くにあるトイレへと入っていった。
俺は近くのベンチに座ってスマホを見る、ふりをしながらストーカーの方に目を向けると。
やつは真っ直ぐに俺のところに向かってきていた。
挑発した時の視線から、なんか行動起こすだろうなとは思っていたけど。
黒瀬の方に行く可能性もあったけど、ちゃんとこっちに来てくれたようだ。
「お、お、お前、おお、俺の天使に、な、なれなれしいんだよ。て、天使に、さ、触りやがって……汚い手で、触りやがって!」
黒瀬のこと天使とか呼んでんのな、なんて気楽に構えていられたのは一瞬。
ストーカー男は懐から黒い棒のようなものを取り出し、それを振るとバシッと音を立てて長くなった。
特殊警棒っ!?
驚いて身構えるのと、特殊警棒が振り抜かれるのは、ほぼ同時だった。
「あ“ッ痛ぁッ!!」
迷いもなく頭を狙った一撃。側頭部を打たれ、俺は床に転がされることになった。
武器は想定外——ッ!
「きゃああっ!」
「お、おい! なんか暴れてるぞ!」
周りは騒然となっていた。
ストーカーはさらに警棒を振り上げ、俺を痛めつけようとしている。
あの警棒をどうにか奪わなきゃまずいッ!
振り下ろされる警棒を掴もうと手を出し
「あ“痛ぁッ!」
いや無理。普通にビビって手が引っ込みました。
せめてもの抵抗は、どうにか頭を守って体を丸めることだけ。
そのまま三発、四発と叩きつけられる警棒に、抵抗する術などない。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
怖っわ。
特殊警棒を用意していたあたり、昨日今日のストーカーじゃなさそうだ。
「死ね死ね死ね死ね死」
「ふんっ!」
これマジで死ぬんじゃね。とか思い始めた時。
ストーカーの手から、特殊警棒がすっ飛んでいった。
それをなしたのは白髪の生えた爺さん。手に持った杖で弾いたようだ。
そしてそのまま杖を振りかぶり、ストーカー男の顔面を強打した。
「おさえろっ!」
「君、大丈夫か!?」
そして一気に形勢逆転。
周囲の人たちがストーカーを押さえ込み、俺を助け起こそうとしてくれる。
「そこの兄ちゃんは頭どつかれとる。下手に動かさん方がいい」
助けてくれた爺さんの落ち着いた声に、俺もなんだか落ち着いてきた。
爺さんマジかっけぇ。俺の救世主はあなたです。
「警察と救急車呼べ!」
「警備員さんこっちです!」
周りには野次馬がいっぱい。
ストーカー暴れ出した時は逃げる人多かったのに、取り押さえられたと知るやめっちゃ人集まってるしめっちゃスマホ構えてる。
はー、痛ぇ。特殊警棒で殴られたところがジンジンする。
折れてはないと思うけどめっちゃ痛い。あと一番最初に殴られた側頭部があんまり痛く感じないのが真面目にやばい気がする。
ぼーっとしてると遠くに救急車の音が聞こえて、担架に乗せられて。
「——白河さん!? 白河さん!!」
そのあたりで、俺の意識は途切れた。
「おはよー」
「おうおは——!? おい真護、その頭どうしたんだよ!」
週明け、俺は普通に登校した。
ぶっちゃけ大した怪我じゃなかったぜ☆
一応、頭からは血を流してたから包帯まかれて、ザ・怪我人みたいな格好になってるけど。とくに骨とかにも異常なかったから、一日だけ病院いて頭の検査とかしたけどそっちも異常なし。晴れて退院である。あんまり入院した自覚もないけど。
「聞いてくれよ、めっちゃ美人いたから見惚れてたら階段から落ちた」
「馬鹿じゃねーの!! 心配して損した!」
「あっほでー!!」
「馬鹿だ! 馬鹿がいるー!!」
このうるさいのが俺の友人たちです。
包帯まいてる俺の頭差してゲラゲラ笑ってら。
はは、こいつら警棒で殴りたい。
「ちょっと白河、頭どうしたん?」
「白河頭やばいじゃん」
「やばくねぇわ。いややばいけど」
比較的仲のいい女子から心配されるのは役得感あるね。
でも頭やばいは別の意味に聞こえる。
俺これでも頭は悪くないかんな。平均点より上だかんな(誤差)。
「白河さん!」
「お? おー、黒瀬さん、おはよー。どしたん慌てて」
黒瀬が教室に入るなり、俺のところに駆け寄ってきた。
周りはびっくりしてる。
そらそうな。今まで俺と黒瀬に接点ほぼなかったし。
しかもいつも落ち着いている黒瀬が体育の授業以外で走ってるの初めて見るわ。
「どしたって……その頭……」
「あー、大袈裟に包帯まいてるけど大した怪我じゃないんだなこれが。心配してくれてありがとー」
「まじかよあいつ黒瀬に話しかけられてんじゃん」
「俺ちょっと階段から落ちてくる」
「保健室から包帯かっぱらってくる」
学内で噂になるほどの美少女が話しかけてくるもんだから周りは騒然としてる。
まあ離れていた間の出来事とは言え、あの場にいた黒瀬はなにがあったかだいたいわかるわな。
大した怪我じゃないって言っても、頭の包帯が痛々しく見えるのか、俺よりも痛みを感じてそうな黒瀬の顔。
どうも責任を感じているらしい。
「白河さん、ついてきてください」
「おっおっ?」
黒瀬は俺の手を取ると、そのまま歩きだしてしまう。
黒瀬と手をつないでいる俺への視線がやばい。殺気すら籠ったその視線はあのストーカーばりなんだけど。しかも複数。
俺、教室戻ったら死ぬんじゃない?
廊下でも黒瀬は注目の的だ。
そしてそんな黒瀬に手を引かれている俺に容赦ない視線が突き刺さる。
そんな俺たちの後についてくるクラスの友人たち+αのせいで余計に目立っている。あいつら野次馬根性発揮し過ぎだろ。
「ここにしましょう」
そう呟いた黒瀬が入っていったのは、空き教室の一つ。
椅子と机などが雑にまとめられた教室の中央で、俺と黒瀬は向き合った。
教室の外にはこっそり見ているつもりだろう、窓から覗く複数の影。
「あの……白河さん、一昨日は本当にありがとうございました。それと本当にごめんなさい、私のせいで貴方に怪我を負わせてしまって……」
深々と頭を下げる黒瀬。
膨れ上がる外からの殺気。
背中を伝う冷たい汗。
「いや、本当に大した怪我じゃないから、大丈夫。それに黒瀬のせいだなんて思ってないし。俺が勝手に首突っ込んで勝手にやられただけだから、黒瀬が責任感じる必要ないぞ」
「ですが……」
「悪いのはあのストーカーだろ。黒瀬さんも被害者だし。それに我が校の『姫』を助けて負った怪我なら勲章みたいなもんだよ」
「もう……なんですかそれ。面と向かって『姫』なんて呼ばれたら恥ずかしいのでやめてください……」
あら可愛い。さすが『姫』と呼ばれる美少女、照れた顔も可愛らしく、ドキッとさせられてしまう。
『姫』は『姫』でも『薔薇姫』とか『氷姫』と呼ばれるくらいに、特に男に対しては素っ気ない対応をすることで有名な黒瀬だが、今向けられている表情はずいぶんと温かみがある。
この顔を見られただけで、怪我した甲斐があったと思えるほどだ。
「ま、明日にも包帯は外れると思うから、本当に気にしないでな。黒瀬に被害が出る前でよかったよ。それじゃ」
「あ、待って……」
あんまり長い事二人っきりだと外の連中が怖いので、俺はさっくり話を切り上げることにした。
俺が出ることを察した廊下の連中は撤退した。多分、黒瀬の目のつくところでは尋問しにくいからだろう。尋問て。普通の学校生活でなかなか使わねぇぞ尋問。
そのまま教室に戻れば、先に教室に戻っていたやつらからの鋭い視線と、友人たちのニヤニヤ顔。
「真護、黒瀬さんと何あったんだよ!?」
「黒瀬さんが男子呼び出すなんて初めてじゃないか!?」
「おら、キリキリ吐けや!」
なんてありがたい友達なんだろう。こいつら友達にしたことをこれほど後悔したことはない。
まあこいつらに聞かれなくても誰かしらに問い詰められてるわな。今も俺の答えに興味津々で耳を澄ましてる奴らの多いこと。
ここで適当に弁明すれば、追及もあまりなくなるだろう。
ふーむ、黒瀬が頭を下げてるところは見られてるわけだから……。
「実はな。俺、この前、黒瀬さんに告白したんだよなー」
「えええっ!? オイまじかよ!?」
「『氷姫』に!? 勇者だなお前!」
「おい? それで呼び出されたってことは、まさか!?」
俺の言葉に、友人たちだけでなくクラスメイト全員から、驚愕と緊張が伝わってくる。
「いやもうあの『姫』相手だぜ? 告白したら緊張マッハで思わず返事も聞かずに逃げ出したんだよな」
「だっせぇぇ!!」
「告逃げ!? 斬新だなオイ!?」
「つまり、その返事を聞いてたってことか!? どうなったんだよ!?」
もはやクラスメイトは俺たち以外しゃべっていない。
さすがは『姫』、彼女の動向は注目の的だ。
俺は厳かに一つ頷き、満面の笑みを浮かべる。
「きっちりトドメ刺されました————ッ!!」
「ぶぁっはっはっは!! くそだせぇ!!」
「そりゃそうだよなぁぁぁ!! 相手は黒瀬だもんなぁぁぁ!!」
「ぎゃははははっははっははははっはあはぐほっ」
「白河じゃ無理に決まってんだろー!」
「身の程知れバーカ!!」
「鏡見て出直してこい!!」
「見かけによらず大胆なこととするねー!」
「あたしがもらってあげよっかー!?」
「白河無謀過ぎだよー!」
ここぞとばかりにクラス中から祝儀の声。
はっはっはっはっは。ブチ転がすぞてめぇら。
「白河さん、嘘はいけないと思います」
そんな大盛り上がりの教室を静めたのは、件の相手、黒瀬。
黒瀬がはっきりと嘘などと言うものだから、クラスメイトは頭に疑問符を浮かべている。
ありゃ、黒瀬がストーカーされてた云々とかは、あんまり広めない方がいいと思って嘘ついたんだけど。
黒瀬責任感強そうだし、俺が泥被るような嘘は認められないのかな?
俺含め、クラスメイト全員が黒瀬の動向を見守る。
黒瀬は俺の方へと歩いてきて、一歩離れたくらいの距離で止まる。
いや近い。近いんだけど。
しかも黒瀬は俺の手を取ると、恋人のように指を絡ませてきた。
「お断りなんてしていません。私は白河さん……いえ、真護くんと、お付き合いしています」
阿鼻叫喚とは、このことを言うのだろう。
もはや言葉として聞き取ることもできない悲鳴がクラス中から放たれた。
「く、黒瀬!?」
「もう、恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。さっきも置いてけぼりにされて、寂しかったんですよ。それに、私のことは、玲奈って呼んでください」
「え!? ええっ!?」
なになに!? 何が起こってるの!?
「あの黒瀬——」
「玲奈です」
「いやそうじゃなくて、くろ——」
「玲奈です」
「……玲奈」
「はいっ。真護くん」
黒瀬……いや玲奈の名前を呼ぶと、玲奈はにっこりと満面の笑みを浮かべる。
間近で見る『姫』の笑顔の破壊力は凄まじく、思わず俺は息を呑んだ。
クラスメイトの美少女の告白を吐いたら、なぜか恋人ができた。
いやもう、俺にも何がなんやら。
暗く濁ったクラスの男子からの殺気が籠った視線に、警棒で殴られた頭がズキズキした。
黒瀬玲奈の恋人宣言により、デスマッチのリングと化した教室。
噂を聞き付け、他クラス他学年からも集まる襲撃者。
白河真護は無事に学校を脱出できるのか?
いきなり恋人宣言をした黒瀬玲奈の思惑とは?
あのときの爺さんの正体とは?
次回「狂乱の学園デスゲーム」第二話
『お前が恋人になるんだよっ!!!』
乞うご期待。
※この小説は短編です。続きません。