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アーモは大きなあくびをして、道を行き交う人々を眺めていた。建物の外にある係竜柱に結ばれているので、好き勝手に動くことはできない。翼を畳み伏せた状態で、ときおりどこからか流れてくる肉の焼ける香ばしい風を捉えようと、湿った鼻をピクピクと動かし退屈そうに時間を過ごす。
「あ、小っちゃいドラゴンだ」
母親と手を繋いだ子どもが、アーモに指さしながら通りすぎていく。それを見たアーモは、空に向かって、高い火柱を口から放射した。
「わあ、すごい! あのドラゴンすごい!」
子どもはそのまま、母に連れられて行ってしまったが、その子の反応を見たアーモは嬉しそうに尻尾を振った。
「今の火柱はなんだ?」と道に人だかりができはじめた。たくさんの人に注目され、アーモはますます嬉しくなり、もう一度炎を吐き出すと歓声が上がった。
「外が騒がしいと思ったら、お前だったか。目立ちたがり屋さんだな」
建物の中から係りゅう所のおじさんが、ひょっこりと顔をだして、野次馬を眺めた。
「このドラゴンは見世物じゃない。解散だ解散」とおじさんは号令をかけると、人だかりは散り始めた。そして「これでもしゃぶって遊んでな」とアーモに骨をくわえさせた
この骨は、おじさんが昼に食べた肉の骨だったが、アーモは満足そうに噛んだり舐めたりした。
強い日差しが町を照らす。田舎町のオルダンブルグとは異なり、ニーシュドシュタッドは道がレンガで舗装され、頑丈な建物に囲まれている。風通しが悪く、レンガは熱を蓄え、また標高が低いことも相まって町全体が猛暑となっていた。アーモは舌を出して「ハアハア」と呼吸しはじめた。すっかり季節は夏になっている。
目の前を、沢山の野菜を乗せた荷車が通過した。大好物な緑色の葉っぱが山のように積んである。それを目撃したアーモは骨を舐めるのを中断し、荷車を凝視した。
あれを持っていけば、いつも怒ってばかりのベカに褒めてもらえる。
そう考えたのか、もしくは、ただ葉っぱが欲しかったのか、その荷車を追おうとした。
しかし、紐で係留されているため前に進むことができない。アーモは力を込めて、地面を蹴り紐に反発した。すると、少しだけ紐がゆるんだ。幾度も同じことを繰り返すと、紐はみるみる緩んでいき、ついに、紐が係竜柱から外れた。結びが緩かったのだ。
急に紐が外れたため、アーモは地面に顎をぶつけたが、起き上がると獣の如く、嬉しそうに野菜を積んだ荷車を襲撃したのだった。