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「はい、もう大丈夫だよ」


 ロカは診断書をかきながら、笑みを浮かべた。どうやら、大ごとにならずに済んだようだ。

 アーモが倒れたあと、ベカとソラは大急ぎで病棟に担ぎこみ、ロカに事情を説明したのだった。彼女の適切な処置のおかげで、アーモは心地よさそうに寝ている。


「ありがとうございます。本当に焦りました」

「うん、ベカくんはもう少し落ち着いて行動して、ソラちゃんはもう少しベカくんとアーモくんのめんどうを見てあげて」


 どことなく大人の余裕を感じられる。それに気圧されたのか、ソラは小さな声で「はい……」と返事をした。


「別の仕事があるから、もう行っちゃうけど、もう少ししたら、アーモ起こして竜舎に帰らせてあげてね」


 ロカが部屋から出ていくと、ソラはおもむろに立ち上がると、「アーモを起こして」と冷たく強い語気で言った。体をさすって起こすも、アーモはまだ寝足りないのか、重いまぶたをあけたりとじたりしている。


 ソラの手には先ほどアーモが食べてしまったのと同じ毒キノコが握られていた。


「どっからとってきたんだ?」


 質問をよそに、ソラはキノコをアーモの鼻に近づけた。目がパチリと開かれた。まさか、それをもう一度食べさせるんじゃないよな。と思ったときだった。

 硬く重い音が部屋のなかで響いた。ソラがアーモを殴った音だった。

 彼女はもう一度、毒キノコを鼻に近づけると、「だめ」と言って、猛烈な勢いで殴った。

 生まれてはじめて、強烈な勢いで殴られたアーモは、痛みと恐怖から、びっくりして縮こまってしまった。


「なにするんだよ!」


 すぐに止めに入ろうとしたが、ソラはやめようとしなかった。


「このキノコを二度と食べないように、教育してるの」

「そこまでしなくてもいいだろ」


 ソラの教育は、何回か続いた。アーモは完全に委縮してしまい、大人しくなった。


「もうそのくらいにして、アーモを竜舎に戻してやろう、いくらこいつでも、可哀そうだ」


 この出来事が、ソラへの不満がつのりはじめる、きっかけとなったのだった。

 竜舎に戻るところには、日は沈みはじめていた。教わりながら、報告書をかき終えると、餌の準備をするため、食糧庫に向かった。

 ドラゴンの食糧庫は宿舎のすぐ脇にあり、作業がしやすいようにと、倉庫の外にはひっそりと机が並んでいる。ソラは食糧庫から、材料と道具を持って出てくると、佇んでいる机にそれらを並べた。


「今日からあなたがアーモの餌を作ってね。今まで何回もお手本を見せたから、流石にもう一人でできるでしょ?」

「ああ、手順はもうわかるんだが……」


 ベカは辺りを見回した。太陽はヨセキ山の向こうに沈み、空が深青くなりつつある。暗くなればなるほど、この右手は少しずつ指示を受けつけなくなっていき痙攣が大きくなる。


「なに? できないの?」

「いや、できると思うけど……どうしてわざわざトレーナーが餌を作らないといけないんだ? 食堂があるんだから、そこでまとめて作った方が、効率がいいし、なにより俺たちが楽だ」


「ドラゴンは食べ物に繊細で、好き嫌いが激しいの。たとえ、生きていく上で不可欠なものでも、一度嫌いになると、絶対に手をつけないこともある。それに、竜種によって好みも全然違うの。だからトレーナーが餌を管理してるのよ。つべこべ言ってないで、早く作業しなよ。アーモはあまり肉が好きじゃないから、なるべく葉っぱで巻くんだよ。あと、絶対に骨が食べ物に残らないように気を付けてね」


 そう言い残すと、ソラは宿舎に戻ってしまった。助けがいなくなったベカは、勝手に震えて、いうことを聞かない右腕をなんとか動かし、時間をかけて肉をさばき、野菜を切った。


「できた」


 やはり夜だけ利き腕が上手に使えないのはつらい。なんとか完成したが、ソラがいつも作っていたような、見た目がきれいなものではなく、肉と葉っぱがぐちゃぐちゃに混ざった、ゲテモノが完成した。

 これをあげるのは、トレーナーとして気が引けるが、アーモだから大丈夫だろう。とベカは思った。だが、アーモは今日、毒キノコを食べてしまい、その後ソラに殴られたりと、踏んだり蹴ったりな一日を過ごしていた。ベカはソラのやり方には納得がいっていなかった。いくらなんでも暴力はよくないだろう。野菜を大盛にしてやろう。


 竜舎ですやすやと寝ているアーモの近くに餌を置くと、ベカは食堂に行った。

 ベカ自身も、今日は本当に散々な一日だった。アーモは言うことをきかず、川に落ち、ソラは機嫌がわるい。そして報告書は遅いと愚痴られる。ようやく人心地つける。

 食堂に向かう途中、ロカとソラが話しているのが見えた。


「ソラちゃん、ダラットさんが、ドヴォルザークのことで話があるって呼んでたよ。事務所で待ってるって」


 外が暗かったせいか、二人のやりとりも、なぜか暗いものに見えた。

 食事を済ませ、身支度や明日の準備を一通り終わらせると、ベカは就寝した。

 夜中なって、扉の軋む音が聞こえた。また誰かが、外出してなにかをやっているようだ。そしてこの日、音はソラの部屋からしていることに気が付いたベカ。

 なんでソラはこんな時間に外出しているのだろうか。


 ベカが寝ながら考えている頃、竜舎ではアーモがお腹の減り具合を知らせる虫によって、目を覚ました。

 餌のにおいがする。

 アーモはすぐに、ベカの作った餌にがっついた。

 そしてすぐに吐き出そうとした。どうやら、なにかが喉に引っかかってしまったみたいだ。アーモは必死に喉につっかえた異物を吐き出そうと、息をはきだす。しばらくして、ようやく異物を出すことに成功した。異物は骨だった。

 

 その日からアーモは肉を一切食べないベジタリアンなドラゴンになったのであった。


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