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ソラから訓練の内容を聞いたベカは頷きながら確認した。
「今日やるのは、ドラゴンを人間の指示に従わせるようにする、つまり服従させるってこと。でも、ソラが強調したのは、力による強制的な服従じゃなくて、信頼関係によるドラゴンがハッピーになる服従ってことだろ?」
川から無理やり揚げられたアーモは体をブルブルと振って、濡れた青い毛を乾かしている。ベカは風で乾燥した肌を無意識に掻いていた。そんな一人と一匹を眺めるソラは、
「そう、それで?」と呟いた。
「それで、今日やる訓練は、『アーモを褒める』以上!」
訓練の内容はとても単純だった。アーモにできること——例えば、【お座り】や【待て】そして【ふせ】【とってこい】など——をやらし、できたらひたすら褒めるのだ。ちなみに、それらの基本的な命令は、ロカさんが数日で教え込んだらしい。竜医はそんかこともするのかと、ベカは感心したが、本来はトレーナーの仕事でロカさんが勝手にやっているとのことだった。あの人は一体何なんだろうか。
人が求めることができたら褒める。これを繰り返すうちにドラゴンは褒められることが楽しいと学習し、褒められる行為、すなわち、人間が求めている行動を飲み込みやすくするのだ。このとき大切なポイントは、訓練を通じて、ドラゴンとのコミュニケーションを深め、信頼関係を築くトレーニングにもするという点だ。
「じゃあ、説明終わり。あとは一人でやって」
ソラは少し離れたところにある、座るのにちょうどいいサイズの岩を見つけると、そこへと歩いて行った。
「よし、いいかアーモ、お座りだ」
ベカはアーモの瞳を真剣にみつめて言った。
アーモ尾を振りながら伏せをした。
「違う! 伏せじゃないッ! あ、じゃあ、伏せ!」
アーモは嬉しそうにお座りをした。
「違うッ!」
お座りと言ったら伏せをして、伏せと言ったらお座りをしてくる。まるで言葉を理解し、わざと別のことをやっているみたいだ。
言ったことと逆のことをする……? 閃いた! パチンと指を鳴らすと、
「いいか、アーモよくきけ。定義を入れ替えよう。お座りって言ったら、伏せをしろ。伏せと言ったらお座りをしよう。わかったな?」
アーモは悪さを蓄えていそうな大きいな目をパチクリさせ、まるで笑っているかのように牙を出している。なにかを企んでいるかのように見えるが、これぞ純粋な瞳だ。ドラゴンがそこまで知能が高いわけではない。
「いいか、逆だぞ。お座りと言ったら伏せるんだ。いくぞ……お座り!」
アーモはゆっくりとお座りをした。
「ちがーうッ! お座りは伏せだ! いや、待てよ。それはそれでいいのか」
「馬鹿じゃないの?」岩に腰を掛けているソラが冷笑した。
その後も【待て】や【来い】などもやったが、アーモはベカの指示を一切聞かないどころか、わざと違うことをして、怒るベカを見て楽しんでいるかのようだった。
アーモを褒める訓練に来たのに、散々怒鳴り散らすことしかできない。
起こりつかれたベカは、これだったらできるだろう、とリュックから小さな人形を取り出した。川に落ちたせいで、ぐちょっと濡れていて変な臭いもするが、投げたらアホみたいに追いかけるに違いない。
「とってこい!」
ベカは人形を投げた。飛んでいく人形めがけて、アーモは翼をばたつかせながらとてつもない勢いで走った。ときたま足が浮いている。
「よし! いい子だ! 俺の元に持ってこい!」
アーモは口にくわえて戻ってきた。ようやく言うことを聞いたのだ!
しかしよく見てみると、加えていたのは投げた人形ではなく、どっからどう見ても毒をもってそうな、紫色のキノコだった。
心臓が飛び跳ねそうなほどビックリしたが、ベカは慎重に冷静に「おい、いますぐペッだ。吐き出せ。絶対食べるんじゃないぞ」とアーモの口からキノコを奪取せんと、足音をたてないようにそっと近づいた。
「絶対に食べるなよ」
パクリ、アーモは一瞬で紫色のキノコを飲み込んでしまった。
「っおおおおおおおおいいいッ!」
キノコを吐き出させようと、ベカはアーモの口に手を入れたが、無駄だった。アーモは笑いながらざまあみろとでも言わんばかりに、尻尾を振っている。
「大丈夫なのか……」
次の瞬間、アーモは泡を吹きながら昏倒してしまった。