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 ふと目が覚めると、知っている木目の天井がそこにあった。自分の部屋だろうか。起き上がろうとするが、体が石像になってしまったかのように重くてなかなか起き上がれない。ベカはなんとか片腕を使って起き上がると、窓の外を眺めた。

 青空の下で広がる平原とその奥でそびえる二つの山、手前には長い建物、すべて見慣れた景色だった。


 ドン。


 扉が閉まる音がした。それもかなりの勢いだ。だが部屋にはベカ以外には誰もいない。

 助かったことを、ベカは初めて自覚した。だが、嬉しい感情はない。

 自分が助かったのはいいことかもしれないが、アーモやソラ、ダラットやロカ、他の職員は無事なのだろうか。自分は最善を尽くしたのだろうか。確認したくても動くことすらできないベカは、ただ茫然と冬の青空を眺めることしかできなかった。


 扉がノックされた。「どうぞ」と答えると、ダラットが入ってきた。


「やあベカくん。目を覚ましたって知らせを聞いて来たよ」


 ダラットは松葉杖をつき、あいている方の手は三角巾で固定されている。彼もかなりの怪我を負っているようだった。


「ダラットさん……無事だったんですね」

「まあ、これで無事と言えるかどうかはわからないが、なんとか生き延びたよ。君のおかげだね」

「あいつも無事なんですか?」


 ベカは竜舎のほうに視線を送って言った。やはりアーモのことが心配なのだ。

「あいつ? ああ……無事だよ」


 ダラットはこのとき思った。あいつ? ああ、娘のことか。父の目の前で名前を呼ぶのは恥ずかしいということか。娘をあいつ呼ばわりしてもらいたくはないが、仕方がない。ダラットは続けた。

「心配してくれてありがとうね。傷は浅く、大した怪我じゃなかったよ。次の日にはピンピンしていたよ」

「ピンピンですか……なにか悪さとかしませんでした?」

「悪さ? そんなことするわけないだろ。言うなって口止めされてるけど、ずっときみのことを介抱していたんだよ」

「介抱……ですか、あいついつの間にそんな頭よくなったんですか。てかどうやって介抱していたんです?」


 アーモは大きさ的にこの部屋に入ることは当然できない。窓から介抱したのだろか。だが、何をしたのだ? 考えれば考えるほど、疑問が湧いてくる。


「ああ、私も見ていたわけじゃないから……見せてくれなかったからわからないけど、もしかしたら口移しで水とか食べ物とか食べさせていたんじゃないかな?」


 ダラットはソラのことを想像しながら、ニヤリと笑った。

 一方で、ベカはアーモが自分に口移しをしているところを想像していた。

 気持ち悪ッ! ベカは窓を開けて全力で唾を吐き出すと、


「うううええええ……水、水ください!」


 あまりにも気持ち悪そうにするベカを見たダラットはショックを受けた。娘がこんなにも拒絶されているなんて……


「どうしてそんなに気持ち悪がる?」

「だって、あいつ口くせえんですよ? 汚いですし。外に行くとミミズ食べ始めるし、この前なんて、口にうんこくっつけていたんですよ? そんなのと口移しなんて……うううえええ、気持ち悪ッ!」

「口にうんこ? そんなことするわけないだろッ!」


 ダラットはベカに怒鳴り散らした。ソラがそんなことするわけないのだ!


「いや、しますよ。あいつ結構アホですから」

「私の娘をアホうんこ呼ばわりするなッ!」


 頭にきたダラットは立ち上がってカンカンになって怒鳴った。

「むすめ? アーモのことじゃないんですか?」

「は? アーモ? ソラのことじゃないの?」


 あいつってアーモのことだったんだ。と振り返るダラット。

 ちゃんとアーモって言えばよかった。と反省するベカだった。二人はシーンとなった。


「あのとりあえず、あの後、どうなったんですか?」 


 あの後、というのはもちろん、事件のことだ。

「まず、竜医棟は再起不能になっちゃったから、新しく立て直すことになったよ。死者は外部の人間が一人だけだったんだ。爆発が起きたのに、職員に死者が出なかったのは、奇跡と言っていい。二人いた敵だが、黒焦げになっていたほうは回収された。奇跡的にまだ息をしていたらしいが、もう今頃息絶えているだろう」

「もう一人は?」

「おそらく逃げたのだろう。行方不明だそうだ」


 剣で体を貫かれたのに生きていたのか?  とてつもない生命力だ。


「きみとアーモは本当によくやってくれたよ」

「アーモがですか?」

「ああそうだ。アーモは気を失っているきみと、ソラを養成所に運んできたみたいなんだ。それだけじゃない。傷だらけの体で、そのまま職員をムサ山まで運んで救助活動をしたんだ。ほんとうに、私を含め、アーモは何人もの命を救ったんだ。もし、いなかったら、私たちはマグマに飲まれて死んでいたな」


 アーモはそんなに頑張ってくれたのか……でも、そういえばアーモは試験に落ちてしまったのだった。事件のせいですっかりと忘れていた。アーモが楽園送りになってしまうことを。


「アーモは活躍したけど、試験には落ちたんですよね?」


 ベカは暗い表情で言った。


「いいや、そうとはいかないよ。実は、今回の件を皇帝さんが評価したいみたいでな、今回の事件を『オルダンブルグの奇跡』なんて名前をつけてプロパガンダに利用しているみたいだ。それで、きみとアーモを含む養成所の職員数人は勲章をもらったんだ。ああ、式はもう終わったけどね。本来ならアーモは試験に落ちて楽園送りになるところなんだけど、受章したドラゴンだ。楽園送りするわけにはいかない。ということで、特例で合格扱いになった。きみも晴れて正規のドラゴントレーナーだ」

「本当ですか⁉」


 ベカは飛び上がりそうになった。


「ああ、よかったね。後々わかったことなんだけど、どうやらネトウ教官は君を軍に戻したくて、謀略を企てていたみたいだね。だから、試験そのものがやり直しになるんだ」

「そうなんですか……」 


 本当に良かった。アーモは無事正規竜になれるんだ。


「じゃあ、伝えることは伝えたから、私はこれでおいとまさせてもらうよ。試験の準備で忙しいからね」


 ダラットはそそくさと部屋を出て行った。それと入れ替わりで、ソラが部屋に入ってきた。彼女に目立った外傷はなく、ベカは少し安心した。彼女の紅い瞳をもう一度見れて、本当によかった。


「無事だったのか。介抱してくれて、ありがとうな」

「うん、ベカも無事でよかった。その……」

「その?」

「助けてくれてありがとうね」


 ソラの頬が染まっていたが、ベカはそれに気づくことはなかった。

 部屋が静まり返った。二人とも、特別話すことがないからだ。だが二人にとってこの静けさは妙に心地よかった。ソラは椅子に座り、ベカは外を眺めた。


「そういえば、ムサ山噴火していたのに、今はなんともないんだな」

「あれで小規模だったらしいよ。自然は恐ろしいよね。それにもう、一週間もたってるから」

「俺、一週間も寝ていたのか……」

「うん。あなたが一番、重症だったみたい」

「そうらしいな」


 ベカは包帯でグルグルに巻かれた右腕を眺めた。まだ日がのぼっていて明るいから、手は震えていない。もしかしたら、この手が震えることは当分ないのかもしれない。


「私ね、以前は兵士のことが嫌いだった。ベカのことも、元兵士だからって拒絶してたんだ。でも、今は見方が変わったよ」

「そうか、そりゃあよかった。元兵士として嬉しいよ」

「聞いた話なんだけどね、今回の事件が原因で戦争が起こるかもしれないんだって。もっとたくさんの人やドラゴンが、殺し合うかもしれないんだって……」

「南部戦線か……」


 ソラは俯き、不安な感情を紛らわすためか、布団を握ったりしていじっている。それを見たベカは、


「泣いてるのか? まあ、大丈夫だろ」

「は? 泣いてないし。てか、なにが大丈夫なの?」

「さあ、なんとなく。ただ、今回の件でソラが責任を感じる必要はないぞ。お前は巻き込まれた側だからな。なんとかなるだろ。心配したって憂鬱になるだけだ。もっと気楽に考えよう」

「なにそれ。ずいぶんと能天気だね」

「戦争中はいつもそんなこと考えてたよ。多分ね」

「じゃあ、信用できるね……なにか食べるもの持ってくるよ。お腹すいたでしょ?」

「ああ、頼む。そういえば、ダラットさんが言ってたんだけど、俺に口移しで水飲ませたって本当?」

「なに言ってるの。それやったのお父さんよ」

「え?」


 その後、水を飲み過ぎて腹を下したベカだった。


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