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洞窟の奥から、複数のドラゴンの鳴き声が聞こえてきた。どうやら敵の魔法が解けたみたいだ。しかし安堵している場合ではない。揺れは続いている。地面が割れ、地獄の入り口のような灼熱が顔を出している。落ちたらひとたまりもない。
足が思うように動かない。視界がぼやけている。血を流しすぎたせいだろうか。肺が焼きただれてしまいそうだ。傷口に熱がしみる。ベカは懸命になってアーモのもとに行った。アーモは意識を取り戻していたが、岩で身動きがとれなくなっていた。ベカが翼の上に乗っている岩をどかすと、アーモはすぐに他の岩を自力でどかすことができたが、思ったよりも傷が深そうだった。
「アーモ、よくやったぞ……また俺がやっちまったな。ごめん」
ベカは弱っているアーモをそっとなでた。アーモは尻尾でベカをなで返した。救助を必要とするものは沢山いる。アーモ、ソラ、ロカ、ドラゴンたち、ダラットとその他職員。だが、すべてを助ける時間はない。刻一刻と、一帯のマグマは広がっている。体力もほとんど残っていない。
「ベカくん」
ダラットが現れた。体中ケガを負っており、歩きもぎこちなく斧を杖替わりにしている。今はけが人でも動ければ十分だ。
「無事だったんですね。 いま、みんなをどう助けるか考えていたところなんです」
「私もだ……」
ダラットは意味ありげそうな、深刻な表情で言った。ベカはそれを読み取った。何事にも優先順位が存在する。現状、二人だけでは全員を助けることは不可能なのだ。ダラットにとって、もっとも優先度が高いのは娘であるソラだ。きっと彼は、ソラを救助しようと、ここまで来たのだろう。
「醜いな……」とダラットは呟いた。
「いえ、当たり前のことですよ」
「そうか……じゃあ、君に頼もう。さきにアーモとソラを連れて養成所に戻ってくれ。そして増援を送ってくれ。私は私で、仲間とドラゴンの救助にあたる。人間の醜さが当たり前なのだから、引き受けてくれるのだろ?」
「わかりました。俺の体もボロボロなんですけどね。絶対に助けを送りますから、待っていてください」
「ああ、ありがとう。君のおかげで、助かったよ」
ベカはソラを抱きかかえると、アーモと共に洞窟を出た。外はかなり涼しかった。谷底の端にはマグマの川が出来上がっている。アーモは足もケガしていた。歩くことはでるが、かなりスピードが遅い。少しでも早く、養成所に戻るため、ベカはソラを抱えながら、アーモを牽引した。マグマの溜まりをよけながら、死に物狂いで歩くベカ。
「もう少し早く歩いてくれ……」もう大きな声は出なかった。
意識を失いそうになるたびに、ベカは腕の中にいるソラの顔を見て、ギリギリの所で意識を保った。もうなにも感じない。ソラとアーモの重さも、溶岩の熱さも、右手の震えも感じない。
定まらない呼吸を宥め、視界に入り込んだ血を服で拭い、歯を食いしばってアーモを引っ張る。歩く。前に進む。いまはそれだけ。その命令だけに従っていればいい。そんな無残な姿に変わり果ててもなお先を行くベカを、アーモは見つめていた。
人影が前に現れた。
助けか? ベカは朦朧とする意識の中で、必死に人影が誰であるかを特定しようとした。
「キキキキキキキキキキキキキキキイイイイイイイッ!」
知らない笑い声。嫌でもわかる。前にいるのは、道を阻んでいる敵だ。
そう、現れたのはパルパだった。
「さっきはどうモ。まさかコリバンさんが倒されるとハ思いませんでしたが、あなたもかなりの深手を負っていますネ」
「さっき……? ああ、アーモにやられたやつか。さっさと消え失せろ。今度は俺の尻尾でふっとばすぞ……」
ベカは精一杯はったりをかました。
「ハハハハハッ!」
パルパは笑いながら近づいてくる。ハッタリは当然のように空振りしてしまった。ベカはそっと、ソラを地面におろした。
バチバチバチバチバチバチッ——————
パルパの指から発せられた強烈な稲妻がベカを襲った。体全身を太い針で何度も突き刺されているような痛み。今すぐにでも離れたいが、体が膠着して動かない。体内の水分か、もしくは服に吸着した水分かが、電流で蒸発し白い湯気がベカの肩からのぼっている。攻撃が止むと同時に、ベカは立つ力すら失い、地面にぶっ倒れた。それでもかすかに彼の意識は保たれていた。
「キキキキキッ! 憎悪の雷は素晴ラシイ」
パルパは指の間で小さい稲妻を起こし、その音で威嚇した。
まずい……このままだと……全滅だ。必死に暗闇に落ちないように耐えながら、笑みを浮かべるパルパをベカは必死に捉えた。
この敵にやられるか、マグマに飲みこまれるか。どちらもダメだ。少なくとも、アーモとソラだけは逃がさないと……ああ、もうだめか。ふと、暗いものが頭をよぎった。
自分はどんな人生だったのだろう。戦いばかりの人生だったのだろう。散った仲間のほとんどは人生を回顧する余裕もなかったはずだ。その数瞬があるだけ、まだいい方に違いない。
こうなってしまったのも、全部自分のせいだ。アーモを信じていなかったからこうなってしまったんだ。試験の時と何も変わっていない。一体、試験の失敗からなにを学んだというのだ。アーモとソラに申し訳ない。
ベカはかろうじて首だけを動かして、アーモの方を見ることができた。アーモは足を引きずりながらも敵を威嚇している。そのドラゴンから未だに燃えたぎる戦意を感じた。こいつはまだ諦めていない。
アーモだったら、ソラを連れて逃げきれるかもしれない。そうだ。最後なのだ。最後だからこそ、アーモを信じよう。今まで、アーモを信頼することができなかったのだから、だからこそ、アーモを信じよう。このドラゴンならできると。
「アーモ、頼む。ソラを連れて逃げてくれ……頼む、お前の力が必要なんだ。お前にしかできないんだ」
パルパは容赦しなかった。黄色い閃光がアーモへと伸びた。感電したアーモは煙を上げながら、白目をむいて気絶してしまった。
「アーモ……」
ベカはとっくに抵抗する力を失っている。アーモの元へ這うどころか、動くことすらままならない。
「キャハハハハハッ!」
不気味な笑い声が谷中をこだました。ほうぼうから聞こえる笑い声は、脳みそに直接吹き込まれているかのようだった。
「安心しろ、女はまだ殺さんヨ。先にお前とドラゴンをこの女の前で食べてヤル。そのあとに女を食べてヤル」
「そんなことさせるわけないだろ。アーモはともかく、俺は世界で一番不味い人間だからな。ソラはちょっとおいしそうだけどな」
徐々に徐々に、ベカは起き上がった。ナメクジが歩く速度よりもずっと遅いが、少しずつ、ベカは立ち上がる。アーモなら絶対に起き上がると信じて。体の感覚はない。棒を動かして、立ち上がろうしているような感覚だ。
バランスが崩れそうになるが、これもまた別の棒で支える。棒きれとなった二本の足と、二本の腕でベカは立ち上がる。
「もちろん、別の意味で」
「ハア、そうカイ。ならもういちド」
パルパは手を開き、十本の指から稲妻を発した。同時にベカは叫んだ。
「アーモッ! 起き上がってくれッ!」
魔力はもうほとんど残っていないが、体の至るところに散りばめられている魔力を両手にかき集め、雷から身を守った。稲妻はベカの手へと吸収されていった。空気中で散った雷の枝は、地面をえぐる。パルパの真っ白な顔は閃光に照らされている。奇声を上げながら、一歩また一歩と接近している。
「アーモオオオオオッ! 寝てるんじゃねえ!」




