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ベカとコリバンの間に一筋の光が差し込んでいる。天井部の穴から洩れている光だ。それは滞留する土煙を可視化させる。たゆたう土煙に急激な変化が起こったとき、それはどちらかが何かをしたことを意味する。二人はただ、睨み合っているだけのようにみえるが、それぞれの見えない思惑は土煙を通して交錯していた。
敵の出方をこのまま探るか。先に仕掛けるか。ベカは考えていた。先の負傷で保持できる魔力が全盛期の数十分の一まで減少してしまっている。魔法を下手に使用することはできない。だが、それゆえに長期戦になればなるほど不利となってしまう。洞窟内が薄暗いため、剣を握る手が震えている。だが思っていたよりも、体はよく動いてくれる。戦いの知識や経験はほとんど消えてしまったのだ。それらに頼るな。本能に頼れ。敵は慎重な人間だ。このまま、こちらの魔法を分析するつもりなのだろう。
「先手必勝でいこう」
ベカは手のひらを天井部にむけると、手首を返した。それと連動するように、コリバンはベカのほうへと、強力な力で引っ張られた。コリバンはまるで弩に射出された岩石のようにベカの方へと吹き飛んだ。予想外の攻撃で、対応に遅れたコリバン。ベカは剣で飛んでくるコリバンを切りつけた。
切った。コリバンの態勢は空中で崩れているのだ。避けることはできないはずだ。
しかし、刃は届かなかった。コリバンの首をぶった切る前に、鋼鉄以上の硬さをほこるなにかが、遮ったのだ。刃が空中で止まっている。ベカはすぐに、後ろへと引き下がった。
敵は透明な鎧でも身に着けているのか? いや、違うだろう。もっとも厄介なもののはずだ。鎧ていどの代物だったら、今の一撃で敵を倒せているはずだ。
コリバンが、腰に巻き付けたポーチから石を取り出すと、ベカに投げつけた。単なる投石のはずがない。ベカが警戒した直後、目の前で石が急速に膨張し岩となって襲いかかってきた。
「まずッ!」
ベカは横へと転がり、なんとか岩をかわした。そこから、魔力を少しだけ足に込めて地面を蹴った。低空を滑空するドラゴンのように、ベカはコリバンへと急速接近した。勢いをすべて剣に込めて、剣を突き立て一点集中でコリバンの胸に突き刺した。
だが、これもコリバンの体には届かず、透明な硬い壁に阻まれてしまった。
次の瞬間、とてつもない衝撃がベカの体を吹き飛ばした。その衝撃は、何かが爆発したかのように、脳まで揺るがすほどの爆音と、ドラゴンすら軽く吹きとばしそうな爆風を伴っていた。
吹き飛ぶと、ベカは洞窟の壁部に激突した。体の内側から急激に熱いものがこみあげてきて、口の中で広がった。吐き出すと、それは真っ赤な血だった。かなり痛い一撃をくらってしまった。幸い爆発に熱は伴っていなかったため、やけどすることはなかったが、音のせいか、衝撃のせいか、酒に酔っぱらっているかのように、頭がクラクラして、立つのがやっとだった。
少し、休憩したい。とベカは思ったが、コリバンは隙を与えない。次々に第二、第三の岩が飛んでくる。ベカは一つかわすことができたが、もう一つを避けることができず、体より何倍も大きい巨大な岩が激突した。受け止める態勢をとったが、あっけなく飲まれてしまった。岩はとてつもない質量とスピードを持っている。
空気と地面の轟きとともに、岩は壁にぶつかり、勢いよく割れて飛散した。
コリバンはベカが岩にひかれたのをハッキリと確認したが、警戒を解くことはなかった。
次の瞬間、コリバンは再び、強い力に引っ張られた。まるで、重力に引っ張られているような感覚だった。抵抗することがまったくできない。割れた岩を破ってベカが出てきた。顔は血で染まっている。腕はなお震え、血が剣をよりどころに滴っている。彼はすでに満身創痍だが、目は死んでいない。鋭い眼光はしっかりと、宙にいるコリバンを捉え、剣を構えていた。
空中でコリバンはポケットから何かを出した。それは一瞬で大きくなると槍と化した。
コリバンは槍を振った。ここで長物同士が振りあえば、リーチが勝る槍が勝つ。そう考えていた。ベカもそれをわかっていた。
際どいところで槍をかわしたベカは、その勢いを利用し、さらに遠心力を加えた蹴りをコリバンの背中に命中させた。しっかりと命中したことにベカは驚いた。どうやら、背中には透明の壁は存在しないみたいだ。コリバンの弱点は背中だったのか。
一撃をくらったコリバンはよろめくと、舌打ちした。
ベカは再び距離をとった。魔力がだいぶなくなってきた。口の中では今も鉄の味が広がっている。肺が悲鳴を上げている。気づくと肩で呼吸していた。足も鉄をくくりつけているかのように重い。それなのに右腕はよく震えている。それに対して敵は蹴りを一発くらっただけだ。明らかにこちらの分が悪くなっている。
諦めるという言葉は頭に浮かんでこなかった。自分のせいで岩の下敷きになってしまったアーモ、気を失っているソラ、その他職員とドラゴンを守らなければ。
「くそったれがああ!」
初めて攻撃を受けたコリバンは地面に腕を突き刺した。未知の魔法を使うつもりだ。奥の手だろうか。厄介だ。
「なあ、そろそろお互い疲れたんじゃないか。ここは一度ティータイムにするっていうのはどうだ?」
ベカは疲れを見せないよう、虚勢を張ってコリバンに投げかけた。
「断る」
突然、地面が揺れ始めた。コリバンが何かをしている影響だとすぐにわかる。
だが、なにをしている?
「そうか、でも休憩した方がいいと思うぞ。俺はお前のためを思って言ってるんだ。嘘じゃないぞ。お前の使う不思議な魔法の正体がわかったぞ」
コリバンはニヤリと微笑んだ。
「そうか? 言ってみろ」
「いいのか? 当たったからって降参するなよ。お前はモノを圧縮させるか、小さくする魔法を使っているんだ。透明な壁は空気を固めているんだ。岩を小さくして石にしている。ドラゴンを誰にも見つからずに連れ出せたのも、その魔法でドラゴンを小さくしてポケットにでも入れたからだろ?」
「どうだろうな」
「ほら言ったろ? よくそんな複雑な魔法使えるものだな。人間には使わないのか?」
コリバンは鼻で笑った。
「人間には使えない。契約に反する。お前の魔法もよくわかったぞ。モノを引き付ける魔法と、モノをその場で留める魔法だ。単純だが、力が強大であるがゆえに、相当強い魔法だ」
「ありがとうよ。嫌な敵だ。で、今圧縮してるんだろ? なにを圧縮してるんだ?」
「ここはムサ山の麓だ。よくわかるだろ? 大地が怒りに満ちている。すべてを搾取しようとする帝国への自然の憎しみだ。味わうといい」
揺れがさらに大きくなった。ベカは計算通り、話をすることで少しだけだが、体力を回復することができた。これである程度のことなら対応できるはずだ。
だが……まさか……
「それって、奥の手みたいな感じだったりしちゃう?」
「どうだろうな」
地面が割れ始めた。赤くドロドロとしたものが、隙間から垣間見える。ずっとしたマグマがある。ベカはすぐに周りを確認した。誰も地の底に落ちていないようだ。コリバンが地面から手を抜くと、強い光を発した、人の頭くらいの大きさがある赤い球が、姿を現した。
「まさか……マグマを圧縮したのか? まずい……」
ベカの背後にはソラとロカがいる。攻撃を避けたら二人がマグマを浴びてしまう。かといって喰らうわけにもいかない。やることは一つだ。ベカは地面に足を突き刺す勢いで踏ん張った。
コリバンは、圧縮したマグマの塊をベカへと向けた。
次の瞬間、空気を切り裂くほどの勢いでマグマが解放された。滝のような勢いで迫るマグマ。広範囲に広がる濁流とは違い、ほぼ一点に集中されている。
熱い。体が焼けてしまそうだ。皮膚がとろけてしまいそうだ。離れていてもこの熱さだ、こんな光線のようなものまともに浴びたら即死だ。ベカは残っている魔力のほとんどを使い、全身全霊をかけて、射出されたマグマの進路を明後日の方向へと飛ばした。マグマは壁部を貫通し、谷をえぐり地形を変えるほどの威力を持っていた。それはまだ続く。この奔流が終わるまでベカはずっと攻撃の進路を変えなければならない。ベカは必死になって耐えた。腕が焼けても、体が溶けても、死んでも通さない。体の感覚がなくなってきた。それでも耐える。
気が付くと、奔流が止まっていた。ベカはコリバンの奥の手を防ぐことに成功したのだ。
壁にもたれかかるベカ。魔力のほとんどを使ってしまったのだ。体力も残っていない。地面の揺れがまだ大きくなっている。コリバンの魔法が原因で火山が活発化したのか。コリバンは自分の魔法を防がれ、呆気に取られている様子だった。だが形勢がかわったわけではない。むしろよりベカが不利になってしまった。このままだと……確実に負ける。
ベカは落ちている剣を取った。剣に映る血だらけの自分を見たベカは、「くそッ!」と叫んで、剣の柄を壁に刺した。
コリバンがゆっくりと近づいてきた。薄暗く赤い光が、彼を照らし真っ黒なシルエットができあがっている。
「そろそろ諦めて死んだらどうだ? この山も怒りに満ちている。長居したらお互い全滅かもしれんな」
「そうだな。決着をつけよう。拳でな。もちろんお前も拳だろ?」
ベカは立ち上がると、死に物狂いでコリバンに殴りかかったが、当然のようにあっさりとかわされてしまい、彼はそのまま倒れ込んでしまった。だがベカは敵に背中を見せまいと体を反転させると、尻を引きずりながら、後ずさりをした。
コリバンは勝利を確信した。敵の魔力はもうほとんど底を尽きているはずだ。あの強力な魔法を多用しないのも、元々魔力量に自信がないことの表れなのだ。こちらはまだ魔力によゆうがある。もう数発、マグマ砲を放つことができる。敵は満身創痍、こっちはほぼ無傷。奴の唯一の武器は、背後の壁に刺さっているため手に取ることはできない。気がかりなのは、柄がささり、刃がこちらを向いていることくらいだ。剣を引き寄せて、刺そうとしているのか。だが奴が魔法を発動するとき、必ず引っ張る動作をする。それを見極めるだけだ。
「ドラゴントレーナーよ。罪を贖え」
コリバンは槍を手にし、ベカの胸に突き刺そうとしたときだった。
ベカは手を突っ張りだした。この動作をコリバンは見たことがなかった。刹那、コリバンは後ろへ吹き飛んだ。空中の数瞬でコリバンは理解した。こいつ、魔法を一つ隠していたのか。だがこのスピードで壁に打ち付けられる程度であれば、問題ない。次の瞬間、コリバンの胸を剣が貫いた。
「な……」驚いた表情を浮かべながら、コリバンは動かなくなった。
コリバンを貫いた剣は、ベカが壁に柄を突き刺したものだった。




