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アーモは旋回しながら地上に降りてきた。普段の降下速度よりも随分と速い。
「なにがあったんだ?」とアーモの体を撫でると、手に炭がついて黒ずんだ。やはりあの爆発は養成所で起こったんだ。所々怪我をしている。緊急事態なんだ。ベカはもう一度そっとアーモを撫でた。するとアーモはお返しにと長く少し臭い舌でベカの顔を舐めると、服を噛んで、彼を持ち上げようとした。『乗れ』と言っているのは明らかだ。
「おい、待て! 私たちと行くと言っただろ。さあ、早く行くぞ!」
ドラゴンに乗ろうとしたベカの腕を強く掴み、引き留めようとしたのは、マスティフだった。だがベカはその腕を払うと、
「悪いがその話はなしだ。アーモが俺にチャンスをくれたんだ。俺を頼ってくれるってな。それに答えなきゃな」
「ま、待て! 話はまだ……」
ベカはアーモに騎乗すると、「さあ、行くぞ息の臭いドラゴン!」と空高く飛び上がったのだった。
任務に失敗してしまったマスティフは「くそッ!」と声を荒らげると、「一体、何が起こってるんだ! 私に教えろ!」と部下に迫った。
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真っ黒な煙に包まれていたのは、やはり養成所だった。ベカは上空から目を凝らした。
「病棟が燃えているッ!」
上空からでもわかる。黒煙の隙間から病棟を飲み込む煉獄が顔を出しているのを。真っ赤な炎はみるみる広がっている。だが不可解な点があった。あれほどの大規模な爆発があったのに、建物が原形をとどめている。黒煙が邪魔して目視できないが、他の建物も火が燃え移る程度なのかもしれない。
「とりあえず、今は急いで戻るぞ」ベカはさらにアーモの速度をあげさせた。
オルダンブルグ飛竜養成所は騒然としていた。
職員は火を消そうと、バケツリレーをし、水魔法を使えるものは、必死に水を炎にまいている。だが、火の手はどんどん広がっていく。火にやられてしまった人が苦しそうにうなり声をあげている。だが、それを看護してあげられる人はいない。職員たちは全速力であっちこっちへと行き来している。明らかに人が足りていないようだ。
以前、熱湯試験官に反論し脅されていた男を見つけた。ベカはアーモを縛らずに、その場で「待ってくれ」と留めると、その男のもとに行った。
「なにが起きたんだ?」
男はベカの顔を見ると、「ああ、きみか。さっきの爆発を見ただろ? 竜舎が何者かに襲われたッ! 爆発はカモフラージュらしい!」
「襲われたッ⁉ どういうことだ?」
「俺にもわからない。いまはこの火事で手一杯だ。ここの人不足はそのうちなんとかなる。町に増援を呼んだからな。それに、幸い爆発の衝撃は地上には来なかったんだ。変だけどね。とりあえず、きみは竜舎に向かうといい」
「わかった。ありがとう!」
ベカはすぐに走って竜舎へと向かった。
てっきり竜舎にも火が回っているのかと思ったが、どうやら建物じたいは無傷だったようだ。
一人の女性が、辺りを警戒していた。
「竜舎はなにがあったんですか?」
女はベカに気づいた。女の足元には布が被されている。
「爆発が突然おきてね、みんなそっちに気が向いているうちに、竜舎にいたドラゴンが一斉に姿を消しちゃったの」
「姿を消した⁉ ドラゴンが? 飛び立っているのを誰かみたんですか?」
「いいえ、誰も見てないわ。本当に不思議よ。こんな短時間で誰にも気づかれずに二十体以上のドラゴンを連れ去るなんて……」
痕跡を残さず、ドラゴンの姿形を消す魔法。ベカには一人心当たりがあった。
【死の魔術師 コリバン】以前ニクルから聞いた名だ。
「いまここで犯人を捜してるんですか? かなりの使い手ですから、危険ですよ」
女性職員は首を振った。
「私は犯人を捜しているわけじゃないわ。ダラットさんが連れ去られなかった古龍で討伐隊を編成して犯人を追っているの」
「犯人の居場所がわかっているんですか」
「そうみたい。この子の匂いを辿ってね……この子のおかげよ」と女性職員は地面にかぶせてある布を見た。
「私は飛び散らかされたこの子の遺体を集めていたの」
この子?
ベカは恐る恐る布をめくった。
遺体は服を着ていなかった。半分開いた目の瞳孔は開いており、半分開いた口からは血が流れた痕がある。あんなにきれいだった碧い瞳はすっかりくすんでしまっている。彼の象徴だった金色の髪も、すっかり土と血で染まっている。
首は切り離されている。腕も切り離されているが片方はまだ見つかっていない。腕の至るところの肉が露出していた。かじられた痕だろうか。
下肢も切り離されている。彼の性器はなくなっている。あんなに白かった肌が真っ赤に染まり、そして真っ青になっている。脚も、なにものかに、かじられた跡がある。飛び出した内臓と、肉片。頭部の横には、丁寧に服が畳まれていた。
「この服を畳んだのって……」
「犯人よ」
ニクル……
右腕が急に痙攣を起こし始めた。どんどん震えが大きくなる右腕を力づくでおさえるが、収まる気配はない。激しい怒りが、激しい砲撃が脳裏に湧いてくる。
「くそおおおおッ!」ベカは右腕を殴った。ここは暗闇ではない。
「あのね……被害はもっとひどいの」
「え?」
「ドラゴンと一緒に、ソラとロカも連れ去られちゃったの」
「ソラも……」
助けに行かないと。でも、右腕が震える。ベカはごくりと唾液を飲み込んだ。
「おれも、助けにいきます」
「でも、待って!」
「大丈夫です」
ベカは女性職員の制止を無視すると、アーモのもとへと向かった。
アーモはもうすでに、準備ができているようだった。はねを広げて飛び立つのを今かと待っている。
アーモはどうやってか、その犯人から逃げ出すことができたのだ。だから犯人を一度目撃し、臭いを知っているはずだ。だが、どうやって逃げ出せたのか? まさか、ニクルがやったのか? アーモの準備はとっくにできているようだった。面構えもいい。ベカはアーモと目を合わせると、騎乗した。
「お前ならいけるのか。なら行くぞッ!」




