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アーモ勢いよく飛び立った。
試験内容自体の難易度は高いが、アーモならこなせるはずだ。問題は制限時間だ。時間はかなりギリギリだ。ヨセキ山からカケル山まで、片道おおよそ十分はかかる。往復で十分、風船を破壊し、人形を詮索し回収するのに十分。だが、途中で通せんぼが現れる。
いかに早く邪魔をかわし風船を破壊することが肝心だ。
「いけッ!」
手綱を強く振るうと、アーモの速度が上がった。全身に吹き付ける風が強く、痛いほどに冷たい。だがそれらを気にしている余裕はない。
アーモの飛行は普通のドラゴンと比べて異常に速い。あっという間にカケル山の脇を通りすぎ、人形が隠されている森林地帯の上空にきた。
おそらく、ほとんどのトレーナーはここで詮索するために速度を落とさせるだろう。それ込みで想定された試験であるはずだ。だがベカは速度を緩めなかった。そのまま最速で空を駆け回らせた。
後方にあるカケル山から二つの小さな影が上空にあがったのが見えた。正面にも一つドラゴンのシルエットが見える。どうやらこの三体が妨害役なのだろう。
ベカは下に広がる森を眺めた。前方、右後方と左後方にそれぞれ一つずつ、合計三つの風船が目視できた。辺りを見回す。カケル山は左後ろにあり、同方向から二頭のお邪魔役、前方からも一体きている。つまり、右後方は空いているのだ。
ベカは手綱を引き、アーモを右後ろへと旋回させ、最高速度で風船を目指した。
妨害役たちも、ベカの行動を察したのか、進行方向をかえた。
しかし、アーモとの距離はみるみる開いていく。アーモが圧倒的に速かったのだ。
「いまだッ!」
とベカの合図とともに、アーモは球状のブレスを高速で吐き出し、弾は風船を破壊した。
今度はアーモの速度を緩めさせた。すこし休ませるためだ。
妨害役のドラゴンたちは、全速力でこちらに向かってきている。ベカは、アーモが破壊した風船付近で滑空させた。
追いついてきた妨害役のドラゴンマスターたちは『追いついたぞ』と言わんばかりの笑みを浮かべている。アーモに近づき、スピードを落とし始めた瞬間をベカは見逃さなかった。アーモの飛行スピードを急激にあげさせた。
正面衝突しそうになり、狼狽えたドラゴンマスターたちは、ドラゴンに回避運動をとらせた。
包囲を突っ切ったベカは「ざまー見やがれ」と高笑いし、残り二つの風船も破壊した。
風船が割れるのを確認した妨害役たちは、再び持ち場に戻って行った。
妨害は振り切った。あとは人形を探すだけだ。
「時間もまだある。これだったら合格でききるぞ! アーモ、人形を探せ!」
アーモは素早く人形を探し、あっという間に位置を特定した。
人形を目視できた。アーモを着陸させ、人形を回収した。二体目の人形を見つけるだけだ。熱湯教官の口から二体目の人形が存在することの説明はされなかったが、ソラから情報を得ている。ベカはすぐにアーモを飛び立たせると、もう一体の人形を探し始めた。
しかし、なかなか人形は見つからなかった。探しているうちに制限時間は刻一刻と迫っている。早く二体目の人形を見つけなければ。
アーモは急に速度を緩めた。鼻をクンクンと敏感に働かせ、なにかを察知しようとしている。
「どうした?」ときいたときだった。アーモはゴール地点のヨセキ山の方向を転換させ、人形が隠されている場所とは異なる方に飛行しはじめた。
ベカは手綱につかまり、振り落とされるのを間逃れたが、あまりにも突然の出来事に動揺した。みるみるアーモは人形のあるエリアから離れていく。
もしかしたら、この前あった訓練のように、ドラゴンの利口な不服従をみる裏の試験が隠されていたのか? でも、ソラはそんなこと一切言っていなかった。隠されていたのは、妨害役がいることと、二体目の人形が隠されているということだけだ。
このままアーモを信じるべきか? それとも、人形の方に引き返させるべきか?
ベカは冷静に考えた。もし試験に落ちてしまうと、アーモは無能という烙印を押され、殺処分されてしまう。そんなこと、絶対にさせたくない。
以前はアーモが正しかった。でも今回は、ソラの教えてくれたことが正しいはずだ。この試験にこれ以上裏はないはずだ。
「アーモ、止まれ!」ベカは叫ぶと、手綱を強く引いた。
思いのほか、アーモは素直にスピードを落とすと、木の頂上に着地した。飛行中にベカの指示を無視して痛い思いをした経験から学んだのだろう。
「どうした、アーモ? なぜ人形を探さない?」
アーモは何かを訴えかけようと、声を唸らせながら首を振り、顎でヨセキ山の方角をさしている。
「おまえが喋れないのが本当に残念だよ。さっぱりわからん。頼む、きいてくれ」
ベカはアーモの目に訴えると、
「俺たちは試験を合格しないといけないんだ。アーモがやろうとしていることも大事なことだと思う。だが、それよりもこの試験に合格することの方が大切なんだ。俺の命令を聞くのはこれが最後でもいい。たのむから、人形のある方角に戻ってくれ」
アーモは已然、なにかを伝えようと、遠吠えとはどこかちがう、まるでしゃべっているかのようなうなり声をあげている。
「アーモ、たのむ。戻ってくれ」
ベカの訴えに屈したアーモは嫌々ながらも、引き返した。
「いいぞ」
かなり時間をロスしてしまった。間に合うのだろうか。頭に現れた不安を強引に奥へとおしこむ。
二体目の人形はなかなか見つからない。このままだと、制限時間を超過してしまい、失格となってしまう。ベカは時間ギリギリまで探したが、人形はついに見つからなかった。きっとソラの情報が間違えていたのだ。二体目の人形はないのだ。ベカは自分にそう言い聞かせ、アーモをヨセキ山へと向かわせた。
「いいか。全速力でヨセキ山に戻るぞ」
引き返す途中、カケル山にさしかかったあたりで、ドラゴンに乗った熱湯試験官とかちあった。なにごとかと思っていたら、突然、熱湯試験官はアーモの進路を阻んだのだった。
「止まれ、なぜお前は人形を回収し終えたのに、まだ一帯をうろちょろしていた? 理由を言ってみろ」
試験の時間はまだ終わっていないのに止められた。きっと何かがある。ベカの敏感な予感が、暗く形のわからない何かに反応した。答えによっては、合格する可能性もあるし、落ちる可能性もあるのかもしれない。ベカは考察した。熱湯教官は『人形を回収し終えたのに』と言っていた。二体目の人形についてのヒントなのだろうか。もしくは何かの罠かもしれない。
「熱湯教官の説明になかった、『ドランゴンの妨害』があったんです。もしかしたら、他にも説明にはなかったドランゴンを試す、裏の試験みたいなものがあるのではないかと思い、それを探していました」
「つまり、二体目の人形を探していたということか?」
「はい」
熱湯教官は笑みを浮かべた。
「確かに、『ドラゴンが試験を妨害する』ようなことは説明していなかったなあ。だが、本当にドラゴンは妨害してきたのか?」
ベカはわけがわからなくなってきた。二体目の人形の話ではなかったのか? ベカは今さっきのことを振り返ると、確かに、アーモが上手に逃げ回ったというのもあるが、追いかけられはしたが、妨害はされなかった。
「アーモが上手に立ち回って逃げたんです」
「では、教えてやろう。ドラゴンの妨害などない。彼らは、私と同じく採点していたのだ。君は、採点官が近づいてくる前から巻こうとしていたと報告を受けている。君は満点だ」
「満点?」
「ああ、満点で不正をしていたな」
「ど、どういうことですか?」
「さっきも言ったが、。私はダラットが不正をしているのではないかと疑っていただから奴に嘘の試験内容を教えたのだ。本当の試験との相違点は二つ。ドラゴンの妨害の有無と、回収する人形の個数だ。お前はダラットから偽物の情報を聞いていたから、他のドラゴンとは異なる行動をしていたというわけだ! やはり、ダラットは黒であったか。この不正は、皇帝への不遜行為に値する。当然、お前のドランゴンは失格。殺処分だ。そして、不正に関係した職員は全員即時処刑だ!」
「そ、そんな。待ってください! 俺はダラットさんから話なんて聞いてないです……なぜ!」
「まあ待て。お前は北方戦線で暴れまわり皇帝から勲章をもらったあの、ベカなのだろ? ニジュ帝国の勲章を貰った人が不正を働いたなんて、他国に知られるわけにはいかない。ニジュ帝国の矜持に関わる。お前の過去の功績にも免じよう。職員の処刑はなしとする。ただし、アーモは処分、お前にはこの仕事を辞めてもらう」




