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試験当日、オルダンブルグの草原は白く広がっていた。まだ薄暗い空を眺めながらブルブルと震えているベカ。竜舎の前では十体のドラゴンが並んでいる。
ドラゴンの横隊を指揮しているのは、軍服に身を包み、禿げた頭から湯気がのぼっている、熱湯試験官だった。その厳かな風貌は、小さい体格ながらもダラット以上の迫力を有していた。
「注目ッ!」
からっとした声が遠くまで伝播しこだました。
「これから、試験を開始する。私が試験官のネトウだ。いいか、世界最強の帝国は世界一のドラゴン隊を有さなければならない。故にこの試験、容易く合格はできん。わかったなッ!」
ネトウ試験官、もとい熱湯試験官の宣言はトレーナーだけでなくドラゴンさえもビビらせるのに十分な声量と火勢を伴っていた。頭のてっぺんから沸く湯気は霧ができるほどの勢いだ。
「あの、質問が」
手を挙げたのは、一人のドラゴントレーナーだった。貧弱そうで華奢な体に眼鏡をかけている。
「許可する」
「ダラットさんは試験に立ち会わないのですか?」
「ダラット? あいつはここのドラゴンをひいきして、軟弱なドラゴンを正規竜にしていると私は睨んでいる。したがって、今回の試験官は私一人だ。以上」
早速試験が開始された。
ソラに聞いた話によると、一次試験は『簡単な命令』を見るものだった。ベカはいささかソラの情報が正しいかどうか心配になったが、彼女の話は正しかったみたいで、試験内容は簡単な命令を送り、それをドラゴンが従うかどうかをみるものだった。
ベカはアーモのようすを見た。器用に前足で雪を丸めて遊んでいる。ベカを見ると、尻尾を振りながら雪のボールを顔に投げつけた。
顔面にくらったベカは、雪を払うと「大丈夫だな。多分」とひとりで頷いた。
アーモの機嫌は悪いようではないみたいだ。
「では、最初はアーモからだ。はじめッ!」
熱湯試験官の気合がこもった合図とともにベカは、
「おすわり!」と叫んだ。
だがアーモは、その場で動こうとせずただベカを眺めていた。
ベカはそっと慎重に、「アーモ、おすわりだ。頼む」と言って手でジェスチャーをした。
アーモは嫌そうな表情を浮かべると、ゆっくりと尻をおろした。
「よしッ! よくやったぞおお!」
アーモはなんとか言うことを聞いてくれた。喜ぶベカをよそに、熱湯試験官はあまりのレベルの低さに空いた口が塞がらない状況だったが、すぐに顔を振って正気を取り戻すと、「二つ目の指示を出せッ!」と怒鳴った。
喜びで指示を出すのを忘れていたベカは「はい」と返事をすると、自信に満ちた声で「ふせ!」と命令した。
アーモはゆっくりとふせをした。
それを確認した試験官は「アーモ合格、次のドラゴン!」と言って、移動していった。
「よくやった、アーモ!」
別のドラゴンが芸の域に達した命令をこなす横で、ベカはポケットに隠していた野菜をそっとアーモに与えて褒めた。うれしかったのか、アーモは尻尾をぶんぶんと振っている。
だが試験最大の山はこれからだ。
ドラゴン全てが一次試験に合格し、二次試験へと移行した。
熱湯試験官の口から試験の内容を聞いたとき、トレーナーたちは難易度の高さに驚愕していたが、ベカは冷静だった。ソラが事前に話してくれた内容とほとんど一致していたからだ。説明が終わると、すぐに試験が開始された。
まずは、隊列を組み養成所の西にそびえるヨセキ山まで飛行する。指揮は熱湯試験官がとるみたいだった。彼はドラゴンマスターで正規竜にまたがって指揮兼、採点をおこなうようだ。
「お前たちはドラゴンマスターではない。故にドラゴンの操作については採点しない。あくまでもドラゴンの質を見るにすぎない試験だッ!」
ベカはアーモにまたがった。号令とともにドラゴンたちは一斉にとびたった。
アーモは素直に飛んでくれたが、飛行中何回も隊列を乱してしまった。チームワークを育む訓練が足りなかったようだ。
ベカはまずい。と思い、慎重に手綱を操作した。オルダンブルグ一面に広がる雪景色は幻想的で、体にのしかかる風は冷たく針のように鋭かったが、それらを気にする余裕はない。
隊列はヨセキ山の頂上に到着した。
ドラゴンを降りるや否や、熱湯試験官はみなを一列に並ばせた。
「アーモ、ルーク、シャヒ、コロ」
名前が呼ばれ、ベカは失敗したかもしれないと、冷や汗をかいた。ヨセキ山の頂上は、風が強く極寒だった。体温がドンドン下がっている気がした。それなのに、熱湯試験官の頭上で湯気がたゆたっている。
「以上の四体は合格だ。このまま二次試験を続行しろ。それ以外のドラゴンはすべて不合格、ただちに竜舎に戻れッ!」
ベカはほっとした。どうやらまだ試験に落ちたようではなかった。それにしても、いきなり半分以上のドラゴンを不合格にするなんて、熱湯試験官の名は伊達じゃないようだ。
「ちょっと待ってください!」
声を挙げたはのは、一人のドラゴントレーナーだった。どうやら、先ほど名を呼ばれなかったドラゴンのトレーナーみたいだ。
「不服なのか?」
矢のようにするどい視線がその男に向かった。トレーナーは怯みながらも、負けじと「はい」と叫んだ。
「お前のドラゴンは?」
「パスーです。パスーは高い能力水準を有しています。前回の試験と同じならば、絶対に合格している実力があります。それなのに、こんなたった一回、隊列を組んだだけで、不合格とするのは勝手だと思います。それに、パスーがダメだったら、アーモは何回も隊列を乱していました」
は? どうしてアーモの話をする! ベカは男のトレーナーに抗議しようとしたときだった、
「うるさいッ!」
教官の怒声が響きわたった。
「お前のドラゴンはダメだ。飛行に芯がなかった。確かにアーモは隊列を何回か乱していた。だが修正できる範囲内だ。それに飛行に芯があった。いいドラゴンだ。パスーは楽園送りだ。せいぜいいい思い出をつくるんだな。もし断るというのなら、いまここで、私が直々にパスーをぶっ殺してやろうか。腹とケツの穴に二発爆弾をぶちこんで、ドカンと爆発させてやるッ! そうされたくなかったら、とっとと養成所に戻るんだなッ!」
熱湯試験官の迫力に、男トレーナーは気圧されてしまった。
「とっとと失せろ。さきほど名前を呼ばれたドラゴンのトレーナーは私の話をきけ。最後の試験は一体ずつ行ってもらう。制限時間はおおよそ三十分。私が手にしている砂漏のすなが全て落ちるのが丁度そのくらいだ」
やはり、ソラの事前の情報と同じだ。ただ、一つだけ。この二次試験後半は、『カケル山の奥に広がる樹海へと向かい、人形を一つ回収する。途中、空中で静止している風船があるのでそれを攻撃して割れ』と熱湯試験官から説明を受けたが、ソラは『別のドラゴンが邪魔をしてくる。その邪魔を止めるには、空中で静止している風船を攻撃して割らなければならない。また人形は二つ回収する』と言っていた。つまり、別のドラゴンが邪魔してくること、実は回収しなければならない人形が二つあることを知っているのはベカだけだったのだ。これは大きなアドバンテージだ。
「アーモから開始しろ。これがにおいのサンプルだ」
人形と同じ匂いが染みこませられた布を一枚受け取った。おそらく人形は二体とも同じ匂いをしみこませてあるのだろう。
「熱湯試験官、質問してもよろしいでしょうか?」
試験官の顔にしわが入った。嫌そうな顔をしている。
「許可する」
「試験官は後ろから見ているんでしょうか?」
「そうだ。風船以外のものは決して攻撃してはならない。以上だ」
ソラが教えてくれた内容は合っていると確信を持つことができた。
「開始」
ベカはアーモに騎乗し勢いよく飛び立った。




