21
太陽がまだ顔を出していない頃、隣の部屋からきこえる物音でベカは目を覚ました。廊下に出ると、ちょうど身支度を終えたソラも部屋から出てきた。
「おはよう」
ソラは何事もなかったかのように、いつも通りの透きとおった声と無表情だったが、彼女の真っ赤に腫れた目が昨日の様子をよく表している。
「おはよう。どこいくんだ?」
「お墓をつくりに」
「一人でか?」
「うん」
「ああ……そう。俺も行っていいか?」
「好きにすれば」
ベカはついていくことにした。
宿舎の外には、膝ほどの高さの壺が荷車に置かれていた。あんなに大きく強くたくましそうだったドラゴンがこんな小さな壺に収まってしまうとは。ベカは不思議な気持ちに包まれた。
「どこに墓をつくるんだ?」
「名のない湖」
名のない湖は、養成所の北東、ムサ山の奥にひっそりと広がっているが、聞いたことも、行ったこともない未知な場所だった。
「養成所の近くに湖があるなんて知らなかったよ。ここからどのくらいかかるんだ?」
「片道十時間くらいかな」
「じゅ、十時間⁉ そんな遠くまでこの荷車を運ぶのか?」
ベカは、ドヴォルザークの骨が入った大きな壺を持ち上げた。力にそれなりの自信があるベカでも、腕が辛くなるほどの重さだ。いくら荷車を引くとしても、舗装のされていない道は多いし、坂も多い。この気配だと、馬に牽引させるわけでもなさそうだ。
「まあ、でも途中まで轍をたどるから……」
とソラはなにかの意地があるのか、小さな声で引き留めようとするオーラに抵抗した。
「いやいや……」
ベカは竜舎を眺めた。
「いけるか聞いてみるか」
アーモは珍しく大人しくしていた。ソラのようすをみて、なにかを察したようにも見える。もしくは、以前アーモがドヴォルザークを見たとき、もう長いことはもたいということをわかっていたのではないだろうか。そんな深い落ち着きを、アーモから感じた。
「湖まで飛んでほしいんだが、いけるか?」
アーモはベカを見ては嫌そうにそっぽを向いたが、ソラを見ると、緩慢と起き上がった。
「いけるかもしれない」
そう判断したベカはアーモを竜舎からだした。
足に壺をロープでがっしりと固定し、背に二人が乗った。アーモは「重い」と言わんばかりに首を曲げてベカを睨むが、手綱を引くと飛び上がった。
空が赤くなってきた。遠くの雲は紫色にたなびいている。ムサ山の山頂にのみ塗られた白化粧に、赤く日が当たっている。視界はよく風は凪いでいる。
「昨日、ソラが言っていたこと、俺は正しいと思うよ」
「あっそう」
「まだ経験していないから、ソラの気持ちがわからない部分もあるが……戦場という地獄に送るためだけにドラゴンを育てるのは、ドラゴンが可哀想だよな」
「じゃあ、この仕事やめるの?」
「いや……やめない」
アーモのおかげで、湖まではあっという間だった。もし徒歩で行っていたら、どれほど時間がかかったのか、想像もしたくはない。
そこは、みすぼらしくも、美しいところだった。
森が開けたところに蒼い湖が広がっている。風がないおかげで波は一切立っていない。それは、空を移す鏡へと変貌させた。雲がいくつか浮いているが、その奥には青空があった。
鳥のさえずりがほうぼうから聞こえてくる。水面に映るアーモは大きな翼を広げて滑空している。よく見ると、水深がとても浅いのか、白い砂の底がうっすらみえる。
湖の中心には、廃墟となった石造りの建物がひっそりとたたずんでいた。屋根が落ち、所々湖に沈んでいるため、それが家だったのか、神殿だったのか、はたまた寺院だったのか、見当もつかない。
着陸させるため、アーモをその建物に向かわせた。しかし、アーモはその建物に着陸せずに通り過ぎ、高度をさらに降ろした。
何か変だ。ベカがそう思ったときには遅かった。
アーモは首を捻って二人の方を確認すると、まるで嘲笑うかのような顔をして急旋回をした。
準備をしていなかった二人は、湖に落下し水しぶきを上げた。
「こらッ! てめぇ! なんてことしてくれる!」
すぐに立ち上がったベカは、空を泳ぐアーモに怒鳴りつけた。
地上に降りてみて、改めて湖の水がきれいで澄んでいることがよくわかる。水深は浅く脛までしかない。風も波もなく完全に凪の状態だ。それらおかげでやはり湖全体が一つの鏡のように蒼い空をうつしている。
髪や服がぐっちょり濡れてしまったことも忘れて、ベカとソラは透徹した世界を眺めながら、廃墟に上った。
「もう少しすると、水が引いて、この一面を緑が覆いはじめるの」
ソラは回顧するように言った。
「ここによく来たのか?」
「うん、あの子と私の思いでの場所」
もう怒られないだろうと確信したのか、壺を足に付けているアーモが廃墟に降り立ってきた。二人は壺を割らないよう外した。
「よくやってくれたぞ、ありがとうなアーモ」とベカは野菜をアーモの口に放り込んだ。
「で、この壺はどこに埋めるんだ?」
ソラは無言でふらっと足を進めた。
「ここ」
指さしたのは、湖の中ではなく建物の内部だった。とはいえ、見晴らしがよい場所だ。屋根が崩れ落ち、一面の壁がなくなっているので、湖の大半を見渡すことができるからだ。
「こんな所に埋められるのか? こんな石の床、掘れないとおもうぞ」
「いや、この石畳は外せるから、その下の土を掘って壺を入れる」
「なるほど……」
ソラの言う通りに、二人で石畳をどかした。かなり重かったが、ベカはソラにばれないよう、コッソリと魔法を使った。
持ってきたスコップで土をかきだす。
「いつかドラゴンを兵器としてじゃなく、犬や猫みたいにペットとして育てたい」
スコップの先を見据えるソラの目は、とても純粋なものだった。
「いい夢じゃないか。俺もペットのドラゴンに乗って世界を自由に回ってみたいものだ。アーモの背中には乗りたくないがな。俺はいつかあいつに殺されそうだよ。そしたら俺の骨もここに埋めてくれ」
ソラは反応しなかった。黙々と土を削りだしている。
「ドヴォルザークはまだいい方だと思わない?」
しばらくしてまたソラが言った。
「どうして?」
「ほとんどのドラゴンは遺骨すら残らない。そもそも養成所に戻ってこれない。墓があるだけ……ドヴォルザークはいいほうなんだよ」
人間のエゴだな。とベカは思ったが、それは口にせずにただ「ああ」と相槌をすると、
「きっとドヴォルザークはソラと出会えて幸せだったと思うぞ」
掘り終えるとそっと壺を穴においた。掘り起こした土をかぶせ、石畳をはめた。その上に墓だとわかるように目印を刻んでいると、ソラが紫色の花をそえた。
「よし、これで完成だな」
ベカは【音笛】を使ってアーモを呼び寄せた。降りてくるアーモを見たベカはあることを思い出した。それは雲のように形のない不安となって胸の奥でゆらめいている。気づかないふりをしようとしていたが、やはりそれはできない。
アーモは試験に落ちたら殺処分されてしまう。
ひらひらと舞う蝶々を食べようと、首で追いかけるアーモ。
言うことをきかないこのドラゴンが、試験に合格できるのだろうか。合格してほしい。合格できずに殺されてしまうならば、戦場で散ったほうが幸せなのではないだろうか。これもまた人間のエゴなのだろう。
「ありがとうね。ベカってさ、否定しないんだね」
「した方がいいのか?」
ソラは首を横に振った。
「俺は元兵士だ。『元』がつくのは、俺はもう壊れちゃっているからなんだよ。きっとね。そんな俺にできるのはこれくらいしかないのさ」
「ベカが不器用なのもそのせいなの?」
「多分ね」
ソラはしばらく、ドヴォルザークの墓を眺めていると「私……決めた」と、突然立ち上がった。
「なにを?」
「私もっと手伝うことにする。アーモを処分させないために」
「ソラが手伝ってくれるのはうれしいが、それでアーモが変わるのか?」
「変わるのはベカ、あなたよ」




