18
訓練が終わり、アーモを竜舎に戻すと、ベカはドラゴンの食糧庫に行った。
食糧庫は二重壁のつくりになっている。外側は温度を遮る特殊な壁でできており、内側の壁は空洞で、カケル山で採れた湧き水の氷がぎっしり詰まっている。中は夏でも真冬のように冷たい。そのおかげで、食料品を保存することができるのだ。
ベカは、倉庫からキャベツ、豆そして肉、調理用具としてナイフ、ボウル、器と太い木の棒を取り出し、食糧庫の外にある作業台に並べた。
いつもは餌をてきとうに作っている。野菜を切らずにそのまま乗せ、肉も塊のまま皿に置いていた。アーモは肉類が嫌いなので、大体は残し、そしてベカが叱るという構図が定着している。そこを変えて、アーモに肉を食べさせ褒めようというのが、作戦だった。
肉をナイフでさばき、棒で豆と一緒にすり潰す。肉と豆がよく混ざったら、それを細かく分け、キャベツで包む。こうすることで、肉の存在をできる限り餌からなくすことができる。
だが、このやり方だと、どうしても時間がかかってしまう。オルダンブルグの夜は深くて暗い。ロウソクを灯していても、明かりが足りない。ナイフを持つ右手が痙攣してしまう。
ベカは勝手に震えている右手を見つめた。この不器用な右手のせいで、朝まで時間がかかってしまうんじゃないか? くそったれた右腕だ。主人の言うことをききやがれ。ベカは左手で痙攣する方の手首を握っておさえようとした。だがどんなに力をこめても、震えは収まらない。
ため息を吐くと、ベカはナイフを持ち換えた。左手は暗い所でも痙攣は起こさないが、利き手ではないので、やはり時間がかかってしまう。
「残り物で確定だな」ぐう、とお腹の虫がないた。
ふと、ベカは空を見上げた。太陽が沈んでからしばらくたつ。星がむぞうさに散りばめられているのに、月がみえない。新月だった。
「手伝うよ」
一人だと思っていたベカは、急に声をかけられビックリした。振り返るとソラがいた。
「なんだ、ソラか」
「私で悪かったね」
「いや、別に悪くないけど……」
ソラは、手にしていた道具を作業台の上に置くと、ベカと同じように、魚を切り始めた。
その姿をベカは呆気にとられたようすで見ていた。
「ありがとう、助かる」
「うん」とソラは上手に効率よく作業をする。
彼女の流れるような手つきのおかげで、五倍は効率よく餌をつくることができてしまった。さらにソラは作り置きまで作ってしまった。
ベカはソラの紅い瞳を眺めた。
「お前って意外と優しいんだな」と小さな声で呟いた。
「ん? なに?」
餌づくりに集中していたソラには聞こえなかったようだ。
ベカは夜空を見上げた。
「普段は気づかないけど、星ってきれいだよな。って言ったんだ」
「そう?」
ソラは手を止めて星を見たが、
「私にはわからない」と再び作業にもどった。
「ねえ、ベカが極端に不器用なのは、その右手のせい?」ソラはベカのほうを見ることなく尋ねた。
「まあ、そうかもしれないな」
「どうしてそうなっちゃったの?」
「さあ。知らない間に、呪いをかけられちゃったのかもしれないな。お前はやりすぎたって」
「そう……」
「でも気にしちゃいない。気にしようがない。勝手にブルブルするのも夜だけだからな。夜は絶対に過ぎる。今まで夜が過ぎなかったことなんてないだろ」
「そうだね。カッコイイこと言ってるのはわかるんだけどヘータイさん、作業が止まってるよ」
ベカは止めていた手を動かした。
「もうすぐ試験だな。アーモが合格できると思うか?」
「このまま無理でしょうね。試験に落ちて……」
ソラがなにかをいいよどんだ。彼女がなにを言おうとしたのか気になったベカは「試験に落ちて?」と促した。
「さあね。楽園送りだよ。前言撤回するよ。やっぱり、ヘータイさんはトレーナーには向いてない。さっさと辞めるのをお勧めするよ」
夜で暗く顔の彫を強調させるせいか、ソラの表情が険しくなっているように見えた。
どこか寂しそうにも見える。
「やだね、自分からは辞めない。ソラこそ、この仕事が嫌いなんだろ。だったら辞めればいいじゃないか?」
「それができたらいいよね」
ソラは席を立つと、宿舎の方に行ってしまった。机を見ると、ベカの手元にあるもの以外はすべて完成し、木箱に敷き詰められていた。
ベカは、肉キャベツ巻きの作り置きを食糧庫にしまうと、餌を持って竜舎に向かった。
アーモは藁の上で丸くなっているが、目はしっかりと見開かれていた。餌を目の前に置いた。
いつもだったら餌に食らいつくが、今日は反応すらしなかった。
訓練で怒られたことが原因でふてくされているのではないか。
「アーモ、今日は腹が減ってないのか?」
アーモはピクリとも動かなかったが、瞳は確実に餌を捉えていた。
「腹が減ってないんじゃしょうがない。これを廃棄するのも勿体ないし、これは俺が食べるとするか」
わざとっぽくベカは餌を取り上げると、部屋を出ようとした。するとピクンと体に電気が流されたかのように起き上がり、よだれをたらしながら、喉を唸らせて威嚇した。
「わかった、わかった。じゃあ、お座り」
と言って餌をアーモの前に置いた。数瞬、アーモは指示を無視して餌に飛びついた。
「あ……無視するなよ」
アーモは夢中になってご飯を食べている。ベカはその横に座って、そっと頭を撫でた。
「今日は、悪かったな……俺がお前を信頼してなかったから、失敗しちゃったんだ」
アーモは喉をゴロゴロとならした。もしかしたら返事をしてくれたのか。
ドラゴンに言葉は通じない。でも心は通じるんだ。
あっという間にご飯は平らげられた。今度は、部屋の隅に置いてあるバケツの水を飲み始めた。
「もう食ったのか。早いな……まあ、俺はこれからお前を信頼して育てるから、お前も俺のことを信頼してくれよ。試験頑張ろうな」
ベカがそう言ったときだった。アーモは口に含んでいた水を強烈な勢いでベカの顔に吹き付けた。
「やっぱり、お前のこと信用できねえ! このアホドラゴン!」




