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 訓練が終わり、アーモを竜舎に戻すと、ベカはドラゴンの食糧庫に行った。

 食糧庫は二重壁のつくりになっている。外側は温度を遮る特殊な壁でできており、内側の壁は空洞で、カケル山で採れた湧き水の氷がぎっしり詰まっている。中は夏でも真冬のように冷たい。そのおかげで、食料品を保存することができるのだ。


 ベカは、倉庫からキャベツ、豆そして肉、調理用具としてナイフ、ボウル、器と太い木の棒を取り出し、食糧庫の外にある作業台に並べた。

 いつもは餌をてきとうに作っている。野菜を切らずにそのまま乗せ、肉も塊のまま皿に置いていた。アーモは肉類が嫌いなので、大体は残し、そしてベカが叱るという構図が定着している。そこを変えて、アーモに肉を食べさせ褒めようというのが、作戦だった。


 肉をナイフでさばき、棒で豆と一緒にすり潰す。肉と豆がよく混ざったら、それを細かく分け、キャベツで包む。こうすることで、肉の存在をできる限り餌からなくすことができる。

 だが、このやり方だと、どうしても時間がかかってしまう。オルダンブルグの夜は深くて暗い。ロウソクを灯していても、明かりが足りない。ナイフを持つ右手が痙攣してしまう。


 ベカは勝手に震えている右手を見つめた。この不器用な右手のせいで、朝まで時間がかかってしまうんじゃないか? くそったれた右腕だ。主人の言うことをききやがれ。ベカは左手で痙攣する方の手首を握っておさえようとした。だがどんなに力をこめても、震えは収まらない。

 ため息を吐くと、ベカはナイフを持ち換えた。左手は暗い所でも痙攣は起こさないが、利き手ではないので、やはり時間がかかってしまう。


「残り物で確定だな」ぐう、とお腹の虫がないた。

 ふと、ベカは空を見上げた。太陽が沈んでからしばらくたつ。星がむぞうさに散りばめられているのに、月がみえない。新月だった。


「手伝うよ」


 一人だと思っていたベカは、急に声をかけられビックリした。振り返るとソラがいた。


「なんだ、ソラか」

「私で悪かったね」

「いや、別に悪くないけど……」


 ソラは、手にしていた道具を作業台の上に置くと、ベカと同じように、魚を切り始めた。

 その姿をベカは呆気にとられたようすで見ていた。


「ありがとう、助かる」

「うん」とソラは上手に効率よく作業をする。

 彼女の流れるような手つきのおかげで、五倍は効率よく餌をつくることができてしまった。さらにソラは作り置きまで作ってしまった。

 ベカはソラの紅い瞳を眺めた。


「お前って意外と優しいんだな」と小さな声で呟いた。

「ん? なに?」


 餌づくりに集中していたソラには聞こえなかったようだ。

 ベカは夜空を見上げた。


「普段は気づかないけど、星ってきれいだよな。って言ったんだ」

「そう?」


 ソラは手を止めて星を見たが、


「私にはわからない」と再び作業にもどった。

「ねえ、ベカが極端に不器用なのは、その右手のせい?」ソラはベカのほうを見ることなく尋ねた。

「まあ、そうかもしれないな」

「どうしてそうなっちゃったの?」

「さあ。知らない間に、呪いをかけられちゃったのかもしれないな。お前はやりすぎたって」

「そう……」

「でも気にしちゃいない。気にしようがない。勝手にブルブルするのも夜だけだからな。夜は絶対に過ぎる。今まで夜が過ぎなかったことなんてないだろ」

「そうだね。カッコイイこと言ってるのはわかるんだけどヘータイさん、作業が止まってるよ」 


 ベカは止めていた手を動かした。


「もうすぐ試験だな。アーモが合格できると思うか?」

「このまま無理でしょうね。試験に落ちて……」


 ソラがなにかをいいよどんだ。彼女がなにを言おうとしたのか気になったベカは「試験に落ちて?」と促した。


「さあね。楽園送りだよ。前言撤回するよ。やっぱり、ヘータイさんはトレーナーには向いてない。さっさと辞めるのをお勧めするよ」


 夜で暗く顔の彫を強調させるせいか、ソラの表情が険しくなっているように見えた。

 どこか寂しそうにも見える。


「やだね、自分からは辞めない。ソラこそ、この仕事が嫌いなんだろ。だったら辞めればいいじゃないか?」

「それができたらいいよね」


 ソラは席を立つと、宿舎の方に行ってしまった。机を見ると、ベカの手元にあるもの以外はすべて完成し、木箱に敷き詰められていた。

 ベカは、肉キャベツ巻きの作り置きを食糧庫にしまうと、餌を持って竜舎に向かった。

 アーモは藁の上で丸くなっているが、目はしっかりと見開かれていた。餌を目の前に置いた。

 いつもだったら餌に食らいつくが、今日は反応すらしなかった。

 訓練で怒られたことが原因でふてくされているのではないか。


「アーモ、今日は腹が減ってないのか?」


 アーモはピクリとも動かなかったが、瞳は確実に餌を捉えていた。


「腹が減ってないんじゃしょうがない。これを廃棄するのも勿体ないし、これは俺が食べるとするか」


 わざとっぽくベカは餌を取り上げると、部屋を出ようとした。するとピクンと体に電気が流されたかのように起き上がり、よだれをたらしながら、喉を唸らせて威嚇した。


「わかった、わかった。じゃあ、お座り」

 と言って餌をアーモの前に置いた。数瞬、アーモは指示を無視して餌に飛びついた。


「あ……無視するなよ」


 アーモは夢中になってご飯を食べている。ベカはその横に座って、そっと頭を撫でた。


「今日は、悪かったな……俺がお前を信頼してなかったから、失敗しちゃったんだ」

 アーモは喉をゴロゴロとならした。もしかしたら返事をしてくれたのか。

 ドラゴンに言葉は通じない。でも心は通じるんだ。

 あっという間にご飯は平らげられた。今度は、部屋の隅に置いてあるバケツの水を飲み始めた。


「もう食ったのか。早いな……まあ、俺はこれからお前を信頼して育てるから、お前も俺のことを信頼してくれよ。試験頑張ろうな」


 ベカがそう言ったときだった。アーモは口に含んでいた水を強烈な勢いでベカの顔に吹き付けた。


「やっぱり、お前のこと信用できねえ! このアホドラゴン!」 



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