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 竜舎の前には、オルダンブルグ飛竜養成所のドラゴンが一列に並べられていた。総勢四十三体、そのさまはじつに圧倒的で、アーモの後ろに整列するベカも圧迫感を覚えるほどだった。こんなたくさんのドラゴンを一度に見るのはアーモも初めてだろう。狼狽えていないだろうかと、心配したが、予想に反してアーモは堂々としていた。


 周りの先輩ドラゴントレーナーたちは、くっちゃべっているのが大半だ。きっといつも通りなのだろう。ソラも同様、いつものように無言で立っている。

 群の正面で、台の上からみなを見下ろすのは、ロカだった。


「今日はダラットさんが忙しいみたいなので、代わりに、わたくし軍医見習いのロカが集団訓練の進行を行います。試験が近いドラゴンもいますので、気を引き締めていきましょう」


 アーモにとって初めての集団訓練だった。

 わざわざ集団訓練をおこなう理由は明白だ。ドラゴン一体の戦力は歩兵と比べると大きいが、しょせんは一体。戦術的に効果をあげることはほぼ不可能とされている。だが、ドラゴンが組織的に動くと、戦力が乗数的に増加する。一体のブレスは野原を燃やし、複数集まると町を燃やしつくす。

 ロカによる、訓練内容の説明が終わりかけたとき、「ベカは残ってください」と指示を受けた。

 嫌な予感がした。その予感は残念ながら的中していた。


「ベカくんごめんね、アーモは集団訓練には参加できないんだ」

「あ、やっぱりですか……じゃあ、なんで今日は列にあの参加させたんですか?」

「本来であれば、とっくに集団訓練に参加している時期だからね、焦らせようと思って。もちろん、それだけじゃないよ。ダラットさんの計らいで、きょうはちょっと規模の大きい訓練をさせてくれるみたいだから、その説明のためにも呼んだんだ。内容はソラちゃんに説明したから」

「わかりました、ありがとうございます」


 ベカはアーモを連れて、ソラのもとへと行った。その間、他のドラゴンは列を成して、飛行していた。自然の空間である大空に人工的に隊をなすドラゴンたちは、とても異質なものに映った。


「ロカさんから話は聞いたぞ、俺たちはなにをするんだ?」


 ソラは、空中を移動するドラゴンの隊列を眺めながら、


「今日は救助訓練をするみたい」


 訓練の内容はこうだった。

 養成所の東に位置するカケル山の奥のどこかに、ソラの匂いをしみこませた服を着せた人形を木の下敷きにしている。それを見つけだし救助する。制限時間はおおよそ一時間。ただし、訓練中、ベカはのこりの時間を知ることができない。救助は早ければ早いほどいい。


「簡単に言えば、隠されてるソラの人形を取ってくるということか」

「なんか違うけど、そんな感じ。私はやることがあるから、じゃあ頑張って。この訓練、見られてるから失敗できないよ」

「なんか、アドバイスとかない?」

「ない。人形が着てる服の匂いかがないでね」

「安心しろ。かぐのはアーモだ」


 でもこれくらいの訓練ならば、なんとかいけるだろう。

 ソラが服を差し出してきた。


「なんだ? 俺に着てほしいのか?」

「そんなわけないでしょ。やっぱり、服を触らせるの嫌だったな。なんでロカさんは私にこんなことさせるんだろう」


 ロカさん……なるほど。

 ベカは何かを察すると、アーモに騎乗した。一方でソラはアーモの鼻に服を押しあてた。匂いをかがせているのだ。


「アーモ、首を縦にふるんだ。こうやってな」


 ベカは手綱を引いて、強引にアーモの頭を縦に振らせようとした。


「アーモ、服はいいにおいだったか?」


 ベカの強引な指示を嫌がったアーモは抵抗しようと、首を横にふった。


「そうか、そうか。ソラの服は臭かったかッ!」

 鋭いナイフで背中を刺すような視線を感じた。ベカは恐る恐る振り向くと、ロカが「私のソラちゃんが臭いだってええええ?」と般若のような顔で、指をならしていた。


「あ、いえ、俺はその……ソラちゃんの体臭はとてもフルーティーでいい匂いだと思いますよ。ただちょっと、ドラゴンには合わなかっただけかと……な、アーモ?」


 アーモは「ふん」と言わんばかりに白を切った。


「バカなことやってないで、始めるよ。この砂時計が落ち切るのがおおよそ一時間だから。じゃ、開始」

 とソラが手にしていた砂時計をひっくり返した。

「急にスタート? アーモ行くぞ!」


 アーモは嫌々飛び立った。

 飛び立って早々にカケル山を越えた。調子は上々だ。まだしっかりということを聞いてくれる。

 天気は晴れ、視界一面に雲はない。

 このままいけば、余裕をもって訓練を終えることができるだろう。


「いい調子だ。アーモ」


 それにしても、ロカは大規模な訓練と言っていたが、人形を運ぶだけの訓練のどこが大規模なのだろうか。この程度であれば、ソラと二人で頑張ればできそうだが。

 なにか引っかかるものがあった。

 カケル山周辺は深い樹海が広がっている。人形を隠している目印がどこかにあるのかもしれない。とベカはアーモを減速させ、空から森を見下ろしたが、見つけられそうになかった。

 想像以上に樹海は広いうえに、深緑色の木々が生い茂り入り組んでいるため、地面が顔を出すことはない。目を頼りに探すことは不可能に近い。


 ベカは手綱を緩め、アーモを自由に滑空させた。ドラゴンの上で束の間の休息だ。

 地平線の彼方に小さい町が見えた。建物はどれも白い屋根を持っている。あそこにはどんなものがあるんだろうな。あんな小さな粒に人が住んでいるなんて不思議だな。自分もああいう、小さな粒に住んでいいたのが懐かしいな。とベカが自分の過去に浸っていたときだった。


 アーモが目を見開き、突然進路を変えてスピードを上げた。

 あぶみに足を引っかけて、呑気に頭の後ろで手をくんでいたベカは、アーモから落ちそうになったがギリギリのところでたえた。


「人形を見つけたのか?」


 アーモはすぐに最高速度に達した。

 どこか変だった。カケル山からどんどん離れている。正確には山から急速で南下している。

 人形はカケル山の近くではないのか?

 明らかにカケル山から離れすぎている。

 これは……アーモの暴走だ。ベカは手綱を引いた。


「アーモ、止まれッ!」


 だがアーモは強引に進もうとした。


「どうした? 止まれ!」


 カケル山からみるみる離れていく。減速させようとするが、アーモは脇目もふらずに、空を切り裂く勢いですすむ。このままだと、制限時間以内に人形を持ち帰るどころか、人形を見つけることすらできない。まずい。試験がもうすぐ控えているというのに、このドラゴンはまだ暴走をするのか。正面から吹きつける風の奔流に耐えながら、ベカは憤りを感じていた。


 手綱をどんなに強く引いても、アーモは止まることはない。

 仕方がない、最後の手段だ。

 アーモが高度を下げた瞬間、

 片手で空気を掴み、引っ張る動作をした。アーモの頭が見えない力によって強引に引かれ、真上をむいた。突然方向感覚を失ったアーモは、翼をばたつかせながら、地へ落ちた。

 木々に墜落する直前、【完全停止(フリーズ)】の魔法によって激突するのを間逃れた。魔法を解除すると、ベカとアーモは鉛直方向に落下した。木々の枝や草がクッションとなり、なんとかケガをせずに済んだ。


「なんで勝手なことをするんだッ?」


 森の奥深く、ベカは容赦なくアーモを叱咤した。

 一方で、飛行を邪魔されたアーモも口に青い炎をたくわえながら、憤然としていた。


「何言ってるかわからないと思うけどな、もう時間がないんだッ! ちゃんとやれ!」


 ついにベカに怒ったアーモは咆哮をかますと、蒼いブレスを放った。

 だが、ベカはそれの何倍もの上回る力で、ブレスはおろか、アーモの体も吹きとばす透明な魔法を使った。

 ドラゴンは木に激突して、地面に落ちた。


「俺を殺そうなんざ、百年早いッ!」


 ベカは肩で息をしながら吐き捨てた。アーモはすぐに起き上がると、牙をむき出しながら唸って威嚇している。ベカはゆっくり近づくと、頭を撫でた。


「お前ならできる。お前は強くて優秀なドラゴンなんだ。ソラの人形を探しに行くぞ」


 アーモは仕方なさそうに、嫌々だが、指示を従うことにしたのか、落ち着きを取り戻して、ベカに「のれ」といわんばかりに背中を低くした。

「人形を探すぞ」とカケル山の方面へと飛び立った。

 アーモの鋭敏なきゅう覚はすぐにソラ服を着た人形を発見した。

 人形は倒木の下敷きになっていたので、アーモの腕力でどうにかした。


「これが人形か」


 人形は思ったより大きく、等身大の大きさだった。出来心でズボンを脱がしてみると、なんと人形は真っ白なパンツも履いていた。

「リアルを追求したのか?」ズボンを戻すと、人形を自身の背中にくくりつけた。

「時間がない、全速力で養成所に戻るぞ」


 これまでにないほどの速さでアーモは飛行した。この速さは並ではない。やはり普通のドラゴンではない。

 養成所で待っていたのは、ソラとロカだけではなかった。もう一組、ドラゴンとトレーナーのペアが横にいた。

 アーモから降りるや否やベカは「時間は?」と確認した。

 首を横にふるソラ。


「残念だけど、時間オーバー。救助訓練は失敗」

「そうか……まあ、アーモは頑張ってくれたしな……」 


 ベカはアーモを降りると、人形を見せた。


「それより、この人形リアルだね。まさかパンツ履いてるとは思わなかったよ」

 人形のズボンを下げた。

 ソラは顔を赤面させ、「それ……私の……なんで?」と犯人と思われるロカを睨みつけた。

「ち、違うよソラちゃん。服と一緒に下着も出されてたんだよ……」

「ヘータイが触ったんじゃ、二度と履けないじゃんッ」

「なんで俺がそんな扱いされないと……まあ、そっち側に不手際があった。てことでいいんだよね?」


 どうやら、人形に着させていた服はソラのものではなく、ロカが用意したものらしい。においを染みこませるために、ソラに一日着用させ回収したのだが、そのときにソラが服と一緒にパンツも出してしまった。というのがロカの主張だった。つまり、パンツはソラの私物だ。

「そんなわけない」とソラは一蹴しているが、そもそも、体臭を服にしみこまさせようとする時点で、おかしいと気づくべきじゃないだろうかと、ベカは二人の言い合いを眺めながら思った。


「ところで、そちらのトレーナーさんは?」


 もう一組のドラゴントレーナーをベカは見た。話題を変えようと、ロカに尋ねる。


「ああ、彼はロッチさんだよ。今日は、アーモ君のもう一つの訓練の様子を観てもらっていたんだ」

「やあ、ベカ君、きみたちのようすはダラットさん聞いていたんだけど、想像以上だった。バレないように後をつけたんだけど、ビックリしたよ。まさかきみがあんなことをするなんてね」

「あ、どうもです。もう一つの訓練って……」


 ロカはニヤリと笑みを浮かべた。

「そう、実はベカくんには言ってなかったけど、訓練を二つ同時におこなっていたの。だから、『いつもより規模が大きい訓練』って伝えたのよ」

「一つは普通の救助訓練であってますよね? もう一つはなんですか?」

「利口な不服従を見たんだ」

「利口な不服従ですか? なんですかそれ?」

「極端な例を出すと、ドラゴンマスターがドラゴンに乗って飛行しているとき、敵は奇襲をしかけようとする。でも、ドラゴンマスターは攻撃を受けるまで敵の存在すら気が付かない。ドラゴンは先に敵の存在を察知し、敵の数が多くて分が悪いと判断したため、ドラゴンマスターの指示を破り、急な進路変更をする。結果、ドラゴンマスターは逃げ切り、敵の奇襲作戦は失敗となるんだ。これみたいに、ドラゴンは主人や隊の安全を守るために、そして戦闘による被害を最小限に抑えるために、主人の命令に逆らうことが求められるんだ。これを【利口な不服従】というんだ」


 利口な不服従には高度な判断能力が求められる。人間の判断よりドラゴンの判断の方が確実に良い結果につながる場合のみ、主人の命令を逆らうことができるように育てないといけない。


「今回、アーモの隠れた二つ目の訓練では、救助の優先順位の不服従をみたの。ベカくん、戦場での救助における優先順位は覚えてる?」


「最優先はドラゴンとドラゴンマスター、次にその他兵士、最後に帝国臣民だったかな」


 ロカは頷いた。


「そう、ドラゴンは仲間のドラゴンを遠くからでも探知できて、そのドラゴンが助けを求めている場合、救助にいく習性があるの。今日の訓練の表向きは人形救助だったけど、実はカケル山から少し離れた所に別のドラゴンとそのトレーナーを配置して、救助信号を出させていたのよ」

「つまり、利口な不服従でアーモが人形よりもドラゴンの救助を優先するかどうかを訓練したってことか……」

「そう、訓練というより、テストに近いね。それで、ロッチさん、アーモはちゃんと不服従をしていましたか?」

「うん、アーモは進路を変えて利口な不服従を試みていたかな。ただ、ちょっと問題なのはベカくん。まさかきみが魔法で飛んでいるアーモを止めてしまうなんて、思いもしなかったよ」


 ロッチは大昔の戦争を思い出すかのような口ぶりで言った。

「はあ」と大袈裟にため息をついたのはソラだった。

「今回、失敗した原因はベカがアーモを信用してなかったからってこと。前から信頼関係が大切だよって言ってるのに……本当に馬鹿だね。これだからヘータイさんは頭を使えないって言われるんだよ。名前をベカからバカに変えたほうがいいんじゃない?」


 そこまで批判しなくてもいいだろ……とベカは鼻白んだ表情を浮かべた。ただ、ロカの前なので言い返すのは諦めたようだった。実際、ソラの主張は正しいと認めざるを得ない面もある。よくよく考えてみると、信頼関係の構築に失敗していた。


「どうやって信頼関係つくればいんだ?」

「まず、身近なところから改善しなさい」


 即答したのはソラだった。

 こうしてベカは信頼関係構築の模索をはじめることにした。


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