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 この日、ベカは、ソラのサポートのもと、アーモを連れて大平原の中心部で訓練の準備を行っていた。

 オルダンブルグ飛竜養成所はムサ山、ヨセキ山、カケル山の、三つある独立峰の真ん中に広がる平原に位置しており、その平原は中心に向かってなだらかな傾斜を持っている。そこから山をぐるりと見上げると、ムサ山の頭から黒い煙がモクモクと上がっているのがよく見える。


「今日の目標は、ベカを乗せて、ヨセキ山を一周してここまで戻ってくることよ」


 ソラは持ってきていた、白い旗を地面に刺すと、風でパタパタと旗が波打った。どうやらこれが目印みたいだ。

 アーモの背中には、革でできた騎座がとりつけられている。


「今日こそ騎乗訓練を成功させるぞ」


 ベカはアーモを撫でようとしたが、軽く避けられてしまう。

 あぶみに足を引っかけて跨ると、すこし不快だったのか、アーモは二、三歩動き、背中をブルブルと降った。

 落ちそうになったベカは手綱を握り、


「大丈夫だ落ち着け」とアーモが暴れないようになだめた。

 最初は騎乗することもできなかったが、今ではなんとか乗れるようになった。

 ソラが無言でアーモに野菜を与える。機嫌を悪くしないために計らいだ。


「お前も乗りたいか?」

「そんな、危なっかしいドラゴンに乗るわけないでしょ」

「あ、そう」


 アーモが舌を出してハアハアと口で息をし始め、ベカを見つめた。


「まじかよ……こいつのどが乾いたってよ。最高のタイミングだな。ソラすまん」

 ソラは嫌そうな顔をするわけでもなく、「私の水筒しかないから少ないけどいい?」と言った。


「まあ、大丈夫だろ」


 アーモは水を貰うと、驚きの行動をとった。

 なんと、ソラの顔に飲んだ水を吹き付けたのだった。水の勢いでソラの髪はぐちゃぐちゃに乱れ、濡れて暗くなった赤い髪から、水滴が肩へと流れ落ちている。


「な、なししてるんだアーモッ!」


 ソラはぴくぴくと怒りで痙攣している。

 あ、やばい。


「飛べッ!」


 危険を察知したのか、アーモは大地を蹴り、蒼い翼を広げ空へと駆け上がった。

 強い風が殴るように顔を押す、ベカは目を細めながら、先を見据える。

 上昇とともに、風がやんだ。雲を追抜くとアーモは加速した。

 ソラが平原の真ん中で豆粒ほどちいさく見える。手を振っているのか? いや、あれはアーモに水をかけられたことに頭きて怒鳴り散らしているのだろう。


 青空に包まれるのは最高だった。ドラゴンマスターはこんなものを好きに味わえるのか。羨ましい。

 ベカの舵取りで、アーモはヨセキ山に近づいた。それには別段喜ばない。なぜなら、いつもここまでは順調だからだ。

 ヨセキ山の黒煙がもやもやとたゆたっている。


「いいか、アーモ、左回りでいくぞ!」


 ベカは左手の手綱を引っ張り、方向を示した。

 ここからが問題だった。アーモは反発するように、顔を右に背けようとしたのだ。

 手綱で左を向かせようとするベカに、右に向こうとするアーモ。


「おい、左回りだッ! アーモ!」


 アーモはいうことをきかない。ベカが強引に手綱を引っ張るので、左にも右にも曲がれず、そのまま直進してしまった。ベカが前方に注意したときにはもう遅かった。


「あ、やばい」


 旋回することに失敗したアーモは、木の茂みに突っ込んでしまった。

 また失敗してしまった。

 幸い、葉っぱが衝撃を和らげてくれたのと、アーモが直前に翼を広げて減速したため、軽い擦り傷ですんだ。

 またソラが怒り散らしてくるなと思いながら、ベカは、旗のもとへと戻った。


「また失敗したの?」


 傷だらけのベカを見たソラは呆れている。


「アーモが俺の指示に従わないからだ。この馬鹿ドラゴン」


 ベカが何をいっているのかわからないが、侮辱したことだけは察知したのだろう。アーモは口でベカの頭を小突いた。


「イタッ! なにするんだ!」


 本当にこのままだと試験に落ちてしまうのではないか。このままだと仕事も首になってしまう! 


「なんで失敗するんだ……」


 ベカはぼそりと呟いてソラを見つめた。『アーモが言うことをきかないからでしょ』とソラが言うのを期待したが、その期待は外れた。


「お互いに信用してないからでしょ」

「はいはい、信頼ね。よくわかってるよ。ドラゴンは虐められると信頼関係がうまれるんだよな。それだったら一生、俺とアーモには信頼関係はうまれないね。そもそもこの馬鹿ドラゴンを俺が信頼できないしな」

「だからアーモも、あんたを信用していないんでしょ。信用されたかったら、まず自分から信用するものなの。まあ、ヘータイさんはきょうじの塊だからね。意見に耳を傾けないことはよく知ってるよ」

「ああ、そうだよ。俺はヘータイさんだよ。でも『元』ヘータイさんな」


 ソラの主張はもしかしたら正しいかもしれない。ドラゴン育成において、もっとも大切なことは信頼関係を構築することだ。しかし、ベカには心外だった。主張そのものではなく、主張する者が心外だったのだ。

 ソラは旗を抜くと、ベカを無視して宿舎の方に歩いて行った。その後ろ姿は、どこか冷たく、暗かった。


「アーモ、俺たちも返るぞ。ちゃんと反省しろ」


 ベカはアーモの鼻をデコピンした。するとアーモはお返しとばかりに、尻尾でベカの背中を勢いよく叩いたのだった。


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