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『見ているだけで癒される可愛い女の子が食堂で働き始めた』そんな噂をおじさん職員たちが口々に言っているのを聞いたベカは、一人の顔が脳裏に浮かんできた。食堂に行くと、やはりそこで配膳をしていた噂の新人はニクルのことだった。
「ニクルちゃん、ほんと可愛いよな」とニクルを眺めているおじさん達をよそに、この世の中には『知らない方がいいこと』が沢山あるなとベカは思いながら、「お前、やっぱり女だって噂されてるよ」とそっとニクルに言った。
「いいですよ。慣れてますから」
ニクルは男にしては長い髪形をし、女にしては短い髪型をしている。丸く膨らんだ後ろ髪は肩まで届かず、しかし男ほど短いわけではない。
「髪の毛を短くすれば、勘違いされなくなるんじゃないか?」と助言すると、ニクルの白い肌に影が落ち、どこかふさいだ表情になった。
「やっぱり、ベカさんはまだ思い出していないんですね」
「なにがだ?」
「これ、亡くなった姉の髪型を真似してるんです」
「そうだったのか……なんか気に障ること言っちゃったな」
「いえ。大丈夫です」
食事を受け取ると、ベカは一人で席に座り、のんびりと口に入れ始めた。あの髪型、ソラにも似ているなと考えていると、その本人がロカと一緒に食堂にやってきた。
ソラとロカはニクルから夜ご飯を受け取ると、ベカには気づかず、そのまま彼の背後の席に座るり、すぐにニクルの話を始めた。
「噂には聞いてたけど、やっぱりあの子可愛いね」とロカ。
「可愛い……なんか……ぎゅっと抱きしめたい可愛さです。抱きついちゃおうかな」といつもの透明な声で言うソラ。
ソラってそんなこと言うんだ。とベカは盗み聞きをしながら驚き、同時に彼女がニクルは男であることを知ったら、どう反応するのか気になり、おちょくりたい気持ちが沸きあがってきた。
「私はソラちゃんのほうが抱きたいな」
とても自然に、森の中の緑色のように、ロカはとんでもないゲテモノを紛れ込ませて言っていた。
「ロカさんは、ニクルちゃんの顔があんまりタイプじゃないんですね。ニクルちゃん何歳なんだろう。あの幼い感じがすごくいとおしいな……」
「そんなに気に言ったんなら、話しかけちゃいなよ」
「いや……なんか恥ずかしいです」
「ソラちゃんって意外と恥ずかしがりやんだよね。抱きついていい?」
ソラはロカのとんでもない発言の真意に気が付いていない。まさか、天然が入っているのか。
ベカの中で、ソラの印象が少しずつ変化していた。最初は、真っ赤な髪と瞳をしているのに、他人に興味がなく、趣味嗜好もなく、冷たい透き通る声を持つ、氷のような女の子だと思っていた。それが、ベカを含む兵士が大の嫌いで、なにか訳を隠し、ドラゴンを虐待した、本当に心の無い人だと思っていれば、ここ最近では、ファザコンでショタコンを見せ始めたのだ。変化しない方がおかしい。
「なあ、ソラ」
ベカは彼女の背中に声をかけた。すると、とても嫌そうに「なに? ヘータイさん」と返ってきた。
「俺、ニクルと知り合いなんだけど、よかったら紹介しようか?」
「え……ホントに⁉」
ソラが餌を当たられた犬のように話に食いついた。
「俺が嘘ついてどうする」
「でもな……あなたに紹介されるのは……」ソラはなぜか少し悔しそうに唇をかんだ。
「ただし、一つ、ニクルについて誤解してることがある。それを聞いても絶対に怒らないと誓えるなら紹介してやる。どうだ?」
「まあ、いいでしょう。紹介お願いね。で、その誤解ってなに?」
「ニクルは男だ」
「えッ!」
ソラは手にしていたライ麦パンを机の上に落とすと、コンと硬い音がした。
「あんなに可愛いいのに?」
「みんなそう言う。なんだったら抱きついてみれば? あいつも喜ぶぞ。たぶんな」
「ニクルちゃんが男なのも悪くない……むしろいいかも」
隠されていた性癖がすこしずつ露になっていくのであった。




