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オルダンブルグ飛竜養成所には、週に一度だけダラットの計らいで酒場が開かれる。ここでは皆が仕事から解放され、中には山のように酒を浴びる人もいれば、楽器を弾きながら楽しそうに歌い踊り狂う人もいる。
もちろんドラゴンはその間も生きているので、何か問題が起こったら吐きながらでも仕事に戻らないといけないが、それでも疲れを発散できる余暇があるので他の厳しい仕事と比べたら良い方だと、職員は思っている。
普段ベカはソラと同様に、ここに足を伸ばすことはないが、今日は事情があり酒場の端っこにちょこんと座っていた。
この施設は規模が大きいので職員も多い。酒場にいるのは顔を知らない人がほとんどだった。
机には、牛乳が入った木製のコップが二つ。
ベカのと、もう一つは正面に座るフードを深くかぶった男のものだった。男は念のため、注意がこちらに向かないよう、人払い類の魔法を使った。
「お久しぶりです、ベカさん」
「ニクル、久しぶりだな。紹介の件では世話になったな。元気にしてるか?」
「ええ、元気にやっていますよ……」
「で、なんで顔を覆っているんだ?」
「え、カッコ悪いですか?」
「いや、なんか変かなって思っただけだ」
「そうですか……」
フードをからでてきたのは、碧眼の可愛らしい中世的な顔立ちをした男だった。一見すると女の子にしか見えない。
「お前は女の格好をしたほうがよく似合うと思うんだが? 今度ソラっていう女の子の服でも貸そうか?」
「そういうのはやめてくださいよ……」
「冗談だ。で、話ってなんだ」
ベカは酒でも飲むかのように、牛乳を飲んだ。
「はい……あの隊に戻ってくれませんか」
「戻る? 俺はもう……」ベカが言う前にニクルが、
「わかっています。魔力が全盛期と比べて三分の一しか蓄えられなくなってしまったこと。それでも、我々はあなたが必要なのです。それに中にはあなたを強制的に軍へ戻して酷使しようとする輩もいます。こちらに戻ってもらえれば、奴らもそう簡単に手を出せなくなります」
ベカは自分の右腕をみつめた。この手は世界が暗くなるほど震え、真っ暗になると思い通りに動かせなくなる。今でさえ、酒場の中は薄暗いと判断した右手はコップを握って震えている。
「残念だが、それはできない。ここの牛乳はなぜか腐るのが早いんだ。とっとと飲んで、さっさと帰るんだな」
ベカは席を離れようとしたが、「話はまだあります」とニクルはベカを席に再び座らせた。
「なんだ?」
「ここだけの話ですが、近ごろ、帝国内のドラゴン養成所が襲撃を受けています」
「そんな話、きいたことないぞ」
「当然ですよ。情報の隠ぺいは我々の十八番ですから」
ベカは鼻で笑った。
「犯人の目星は付いてるのか?」
「はい、襲撃された養成所からドラゴンがこぞって姿を消しています。ドラゴンは体が大きいですから、かならずドラゴンを連れ去れば、足跡がつきますし、目撃情報もあるはずです。しかし、何体ものドラゴンを連れ運んだ形跡もなければ、ドラゴンの死体も見当たらない。目撃情報もない。完全に消えてしまっているんです。こんなことができるのは噂の【死の魔術師 コリバン】しか思い当たりません。彼は昨年、何者かの手を借りて、アルバンドルツ収容所から脱走してます。彼は帝国のドラゴンに対する政策に反対して収容されてましたからね。動機は十分です。これらは共和国の目論見ではないのかというのが、我々の見解です」
「死の魔術師…… 死体すら残さず消滅させる魔法か。本当にそんなことができる奴がいるのか?」
「おそらくですが、いると思います。僕が今日ここにきたのは、そのことをここの総責任者のダラットさんに伝えるためです」
「ここが狙われると?」
「はい、彼らはランダムに襲撃していますが、比較的、大規模な施設を中心に襲撃しています。きっとここも狙われているでしょう。襲撃されるのは時間の問題だと思います」
「俺に警戒しておけと?」
「はい。自分も当分、秘密裏にここの警備にあたりますので、なにかあったら教えてください。では、ダラットさんのところにいきますね」
「わかった。ありがとうな。一つ、忠告だ。ダラットさんは大きくて怖そうだ。お前なんてビビりで弱虫だから、一口で食べられちゃうんじゃないかってたじろぐかもしれないが、安心しろ。実は優しいひとだ。だから、ビビったりするなよ」
「はい……わかりました」
ニクルは再びフードを被ると酒場をあとにした。




