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  アーモの成長と共に暖かい季節から、肌に刺すような凍てつく季節へと移ろいでいった。宿舎の部屋から見える光景も、季節の変化とともに動いていく。緑に包まれていた大平原は風にたなびく小麦色に包まれ、さらに気温が低くなると、ヨセキ山とムサ山の峰が雪によって白く化粧される。朝になると、山頂の雪が朝日の色をそのまま残すため、山が真っ赤に見える。

 オルダンブルグの冬は厳しい。帝国の南部出身のベカは寒いのが大の苦手だったが、部屋から覗ける景色を気に入っていたため、この冬を嫌になることはなかった。


 一方で、生まれて初めて冬を経験したアーモは、大の冬嫌いになっていた。その理由は、竜舎にあった。竜舎は宿舎よりも頑丈な造りをしているため、比較的に保温性に優れている。しかし、以前ベカが餌を与え忘れ、怒ったアーモが壁に火を吹きつけ、穴をあけてしまったことがあった。ベカは壁を修復したがそれは脆く、再び穴が開いてしまったのだ。ベカは穴に気が付いたが、見てみぬふりをした。ドラゴンならば、これくらいの寒さは問題ないだろうと考えたのだ。しかし、問題はあった。アーモのスカイフューリーという竜種もまた寒さに弱かったのだ。


 アーモは毎晩、壁の穴からふく凍てつく風に打たれ、ブルブルと震えな、十分に寝ることができなかったのだ。


 そして、早いことで、アーモとベカが出会ってからもう一年が経った。日に日に大きくなったアーモはすでベカより二回り以上で大きくなっている。モフモフだった青い毛はすっかり抜け、頑丈な鱗が、体を守っている。幼く、つぶらな瞳もすっかり立派な大人のドラゴンの鋭い眼光を放つようになっていた。


 見た目だけはすっかり正規竜とそん色ない。

 中身は子供のままだった。反抗的で、やんちゃで、うんこは寝床である藁の上でする。歯を磨こうとすれば暴れ、川に行けば、飛び込む。

 ベカはなんとか、アーモにいうことを聞かせようと厳しくするが、なかなかうまくいかない。


 ドラゴンが養成所を卒業し正規竜になるには、試験をクリアしなければならない。チャンスはたったの一回。その一回の試験に落ちしまった場合、ドラゴンは楽園送りになってしまう。


 ドラゴントレーナーも同様で、始めて育成するドラゴンが試験に失敗して、楽園送りになった場合、仕事を首になってしまう。このままだとアーモは試験に落ちてしまうのではないかと、ベカは焦りを感じながらも、可能性を感じていた。アーモの基本的な能力はとても優秀だったからだ。飛行能力、攻撃力は特に優れており、オルダンブルグ養成所の中では一番を誇っていた。











 この日、ベカ、アーモ、ソラはオルダンブルグの大平原にいた。風は暖かく、雪もすっかり解け、緑に包まれ始めている。門の前にも、ソラが『カドデの木』と呼んでいた不思議な木も、桜色の花びらを蓄え始め、ほのかに甘い香りを漂わせている。


 アーモを伏せさせ、ベカは革でできた騎座を背中に取り付けようとしているが、なかなか上手にできない。極端に不器用な右手は、こういった繊細な仕事を苦手としている。イラつきながらも幾度か繰り返し、ようやくアーモの胴に騎座を固定することができたが、


「だめ、やりなおし」


 ソラは冷たい声で言った。それはまるで崖を必死に這いあがり、やっとの思いで頂上に手をかけた瞬間、手を蹴り落とす悪魔のようだった。

「なんで? ちゃんとできてるだろ?」

 とベカが反抗すると、ソラは無言で騎座を掴み、強引にそれを揺らした。すると、騎座はみるみるアーモの胴からずれていった。


「ね、こんなんで飛んだら、落ちちゃうでしょ。締め付けが緩すぎるの」


 アーモは鋭敏な鼻をピクピクと動かし、甘い香りを捉えるとくしゃみをした。

 ベカがなにかへの鬱憤を晴らすかのように、アーモの骨を折る勢いで、力を込めてきつく締め直すと、「そう、それくらい」とソラの合格が降りた。だが、慣れていなせいか、きつすぎるせいか、アーモは不快そうに騎座を揺らした。


「最初は時間かかるけど、すぐ慣れるもんよ。じゃあ、あとはアーモに乗って、適当に飛んで。転落には気を付けて。死んじゃうから」それだけ忠告すると、ソラはこの場を

離れてしまった。

「助言はそれだけ? もっとなんかあるんじゃないか?」とベカは尋ねたが、ソラは「ないよ」と興味なさそうに、しかしどこか機嫌が悪そうにして、遠くの平な岩に腰掛けた。


 嘘だろ。とベカは思った。今からベカは初めてドラゴンに乗る。そして初めてアーモは人を乗せて空を飛ぶ。お互いはじめてで、どうすればいいのか、注意するべきことはなんなのか、わからないので、普通はサポーターが教えてくれるものだ。


 きっとソラは機嫌が悪いのだろう。彼女はなぜか兵士のことが嫌いで、同様に元兵士だった自分のこともあまり好いてはいないことは、態度からわかっているし、直接言われたこともある。しかし、それでも彼女は仕事をきっちりと遂行してきていた。嫌々でもベカにこれまで仕事内容やそのコツなどを教えてきていたのだった。

 それがないということは、きっと彼女は機嫌が悪いのだろう。


「しかたがない、一人でなんとかするか」


 アーモはいぜん、伏せたまま快適そうに春の風に吹かれ、どこか遠くを眺めている。どこを見ているのだろうか。今だったら容易にアーモに騎乗することができる。

 だが、背中に乗ることができたとして、その後どうなる?

 アーモは飛ぶのか。飛ばないのか。そもそも、飛ばすにはどうすればいいのか。考えてもわからない。ソラをちら見すると、やはり彼女はどこか機嫌が悪そうに見えた。

 やってみるしかない。


「俺を落とすなよ」


 ベカはあぶみに足を引っかけて、アーモにまたがった。緊張した。空を飛ぶのは初めてだったからだ。見下ろす景色、流れる風、地平線は遠くに、雲は手に取る近さ。


「さあ、飛べ!」


 ベカは号令をかけると、アーモの目が大きく見開かれた。そして……

 アーモは動かずにその場で体を大きく揺らし始めた。それは何度も続き、ベカ落ちてしまった。

 地面には水たまりがしんと張っており、顔からそこに飛び込んだベカ。


「なにするんだッ!」


 すぐに起き上がると、怒鳴った。一方で、アーモは知らんぷりをきめ、どこか遠くの空を眺めた。その行動は逆鱗に息を吹きかけるようなものだった。ベカはもう一度アーモの背中に飛び乗った。

 するとアーモは翼を広げ、急上昇し縦に一回転回った。当然、準備していなかったベカは急上昇中に重力に引っ張られて落ちてしまい、水たまりに落下してしまった。


「くそ……こいつ危なすぎる」


 何度も繰り返すがアーモも負けじと彼を振り落とす。


「こんな危ないドラゴンに乗りたくない」


 ついにアーモに乗ることを諦めてしまった。


「何やってるの?」と見かねたソラがやってきた。


「しょうがないだろ。こいつ俺を落とそうとするんだ。もうやってらんないよ」

「なんでそうなるかわかる?」

「わかるわけないだろ。そうだな。でも思い当たるとすれば、ソラがまともに教えてくれないことくらいか?」


 ソラはムスっとすると、「ちがうよ。心が通じ合ってないからでしょ。まあ、ヘータイさんは傲慢で暴力的だから、理解できないと思うけどね」


「俺はもう兵士じゃない。元兵士だ。それにこの前のは、俺が助けてやってなかったら、大変な目に合ってたじゃないか」

「私一人だったら、もっと平和的に解決できましたよ」ソラは「ふん」と言うと、宿舎の方に向かってしまった。


 仕方がないので、ベカも騎座を外すとアーモを連れて宿舎の方へと戻った。騎座から解放されたアーモは嬉しかったのか、尻尾を振りながら地面に顔を押し付け、草の中にうずめた。生暖かく爽やかな風が吹き、左右に揺らめく草の先には、鮮やかな色が添えられた花がたくわえられており、これから暖かい季節が到来することを感じさせる。








 ベカはアーモを竜舎に入れた後、宿舎へ行く道すがら、どこかからこんな声を聞いた。


「嘘つき!」


 知っている声だった。声の主は相当怒りに浸っているようだったが、子どもらしさと言うべきか、好きでありながらも彼氏に怒ったときの彼女の声と言うべきか、どこか甘い二律性が声に含まれていた。この冷たそうで透き通った声は、きっとソラだろう。耳を済ますと、事務所の方から伝わってきていることがわかる。足音を立てないように近づくと、壁に耳を当てて会話を盗聴した。


「一緒の部屋で暮らすって前に言ったじゃん!」と駄々をこねるように言うソラ。


 彼氏との会話か? とベカは思った。オルダンブルグ飛竜養成所は規模が大きいため、職員もたくさんいる。当然ベカが関わりを持たない人もいるし、彼氏がいてもなんら不思議ではない。しかし、一年間ソラと長い時間を過ごしてきて、彼氏がいるようなそぶりは一切見られなかったので、ベカは少し驚いた。自分には冷たい態度を取り、皮肉を言ってくるソラにも好きな人がいたのか。彼女も人間だったのだな。初めてみるソラの一面にベカは安心した。


「ごめんね。仕事の関係上どうしても無理なんだ」

「それも嘘なんでしょ。本当は私のこと嫌いなんでしょ!」


 男はなんとかソラの怒りを鎮めようとしているが、収まる気配がなかった。とんだ修羅場を聞いてしまった。間に入る……訳にはいかない。男とは知り合いでないはずだし、ソラとも仲が良いというわけではない。実際に彼女がなにを考えているのかわからないことも多かったのだ。その一面を垣間見えることができただけもよしとしよう。事務所から離れようとしたときだった。


「もう、パパなんて知らない!」


 ベカは壁から耳を放し、窓から吸い付くように部屋の中を見た。そこにはソラと、ベカが想像していた男ではなく、大柄のソラの父ダラットがいたのだった。


 あいつ、パパっ子だったのか! 頭から脊髄を通り足の先までを雷のような衝撃が走った。

 彼氏ではなく、父とこんな会話をしていたなんて……いい情報を入手した。

 ベカはなぜか幸せになり、事務所をあとにしたのだった。




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