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「あれ……ロカさんどこに行ったんだ……」


 露店が立ち並び、人が溢れかえっている中、ベカはロカとはぐれてしまい、探していた。辺りを見ても人が多すぎて、ロカかどうかを見分けることすら難しい状況だ。


「最近使ってもないのに、やけに包帯の数が減ってるんだよね」とロカは包帯を売っている店を探してどこへと行ってしまった。もしかしたらそれっぽい店に行けば、かち合うことができるかもしれない。そう考えたベカは、人を探すのではなく、店を探すべく、人ゴミをかき分けて進んだ。


 なかなかロカを見つけることはできない。最悪、このまま別行動となった場合、養成所に戻ってしまえば大きな問題にはならないはずだ。ソラもロカも一人で戻れるだろう。どこも人で溢れかえっており、暑苦しくてあまり長時間この町に留まっていたいとは思わない。しばらくして、ベカはロカ探しを諦め、アーモのいる係りゅう所へと戻ることにした。


 係りゅう所まで、人気の少ない裏路地から行けば、人がパンパンに詰まった道を通る必要がなく近道になるだろう、と考えたベカは方向感覚を頼りに、狭く薄暗い裏路地に入った。

 奥に進めば進むほど、立ちはだかる周囲の建物により、向こう側から聞こえる町のざわめきはより小さくなっていく。


「放してください!」


 裏路地の深くまで進んだ頃、曲がり角の先から少女の叫び声が聞こえた。この透き通った声はどこかで聞いたことのあるものだ。だがこのとき、ベカは自分の知っている人がその声の主だとは、一欠けらも思わなかった。


「こんな路地裏でなにやってんだか。捕まるほうも捕まるほうだな」


 面倒なことに首を突っ込みたいとは思はない。通り際に少し見て、大丈夫そうだったらそのまま横切ろう。


「いいじゃねえか。ちょっとくらい」

「おい、あんまり乱暴するなよ。だから俺はおまえとナンパなんてしたくなかったんだ」


 二人の低い声が聞こえてきた。進むほど声はより響いてくる。どうやら男は二人いて、一人が強引な男で女にちょっかいを出し、もう一人がそれを宥めているようだ。

 角からこっそりと顔を出したベカは驚いた。ソラが二人の兵士に囲まれていたのだ。


「私に関わらないでください」


 ゴリラのような巨漢の兵士を見上げて、ソラは言った。『お前たちなんて怖くない』と言わんばかりの引き締まった語気だったが、虚勢を張っているのは一目瞭然だった。

 男はソラの細い腕を掴むと無理やり引っ張った。

 助けるか? ベカは迷った。ドランゴンにあんな酷いことをしていたんだ。これくらいのバチがあるのは当然だ。このままこの男どもに凌辱されているのを眺めるのも、悪くはない。

 わけがないか。

 怖がっているソラを見るのは、気持ちのいいものではなかった。


「あの、すいません」


 兵士二人と、ソラが一斉にベカの方を見た。


「なんだお前?」

 巨漢はソラから手を離すと、ベカの方に近づいた。巨大な深い影がすっぽりと覆う。


「お邪魔してすいませんね。その子、俺の同僚なんです。ちょっと借りてもいいですか?」

「借りる? ってことは返してくれるのか? いつだ?」

「そうですね……五十年後なんてはどうです? ちょうど熟れている時期だと思いますよ」

「五十年⁉ それはもう腐ってるだろうがッ!」

「いえいえ、女性はいつまでも腐りませんよ。加齢臭はあるかもですが」

「てめえ、なめてんのかッ! 俺は兵士なんだぞ? 俺の気に触ったらどうなるかわかるか? そんなのも知らんのか田舎モン」

「なに言ってんだ。お前も田舎もんだろ」


 ベカはため息を吐くと、ソラの腕を掴んで男たちから引き離した。その行為が、かんに障った巨漢の男は頭の血管を隆起させながら、

「待てッ! やんのかッ——!」

「やらないよ。さあ、行くぞソラ。こんな奴らと関わっちゃだめだ」


 ベカは冷静にこの場を去ろうとした。だが、それはある一言によって妨害された。


「逃げるのか? この臆病者‼」

「臆病者?」

 ベカはその場で固まると、「おい、今俺のこと臆病者って言ったな?」とソラを離して踵を返した。

「ああ、言ったぞ。この臆病者」

 ぷつんと、頭のなかで何かが切れたべかは、その巨漢の方へ接近しようとした。


「だめだよ。行こうよ! こんなの相手にしたらやられちゃうよ」ソラは連れ戻そうとしたが、ベカは止まらなかった。


 巨漢の目の前に立ちはだかると男を見上げた。巨大なゴリラとサル。巨木と木の枝。のような差があるが、ベカに委縮は感じられない。


「いいか、よく覚えておけ、俺とマーティンだけには『臆病者』と呼んじゃいけないんだ。わかったか?」


 男に圧をかけるように、胸を張りだして男を睨むベカ、その手を引っ張り、この場から離れようとするソラ。


「おいおい君、やめた方がいいよ。こいつ怒るとキチガイになって手が付けられなくなっちゃうんだよ」華奢な男は優しさからか、穏やかに忠告した。

 体格差がありすぎる。どうみても巨漢男にベカが殴り合いで勝るようには見えない。


 ベカが拳を構えたときだった。

 路地の向こうが突然騒がしくなった。悲鳴や怒号の後、ドシャン! とものが割れたり落ちたりする音が嵐のように迫ってきた。


 なんだ? とベカは体を横に傾け、騒がしい巨漢男の後ろを眺めた。だが、喧騒が聞こえるだけで、なにも確認できない。


「おい、あれなんだ?」とベカは男の背後の先を指さすと、それにつられて巨漢男は後ろを振り向いた。直後、ベカは固く握って温めておいた拳を男の顔面に放った。強烈な一撃だ。

 しかし、その強烈な一撃はあっさりと、受け止められてしまった。背後に目をやっていた男は、ベカの拳を逃がさないようぎゅっと力を入れると、ベカの方を見据えて微笑んだ。


「次はこっちの番だ」

「あ、まずい」


 男は大きく振りかぶると、激烈な勢いで拳を振り下ろした。

 ベカには当たらなかった。

 拳より、ベカの行動の方が早かったのだ。ベカは掴まれていた手を強引に引き離すと、そのまま魔法で男を引っ張り、ベカの背後にある建物のさらに向こう側まで飛ばしてしまった。


 男は道に並ぶ屋台に落下し、屋根を突き破り、テーブルを突き破り、地面に激突し、その轟きが届いた。


 巨漢男が宙を舞う様子を見ていたソラともう一人の兵士は唖然とし、口が半開きになっている。


「やべ、やりすぎた」

「な、なにをしたんだ? そんな強力な魔法みたことない」と後ずさりするやせ細った兵士。ソラはまだベカの腕を掴んでいる。


「さあな」


 正面から喧騒が近づいてきた。中には怒鳴り声が混じっている。

 ベカは音源の方向である、委縮している男の背後をひょいと覗いた。なにやら人のモノではない巨大な影がこちらに近づいてきている。


「なんだあれは?」


 ベカは男の背後からこちらに迫る謎の影を指さした。

「私もそんな小細工には引っかからない」華奢な兵士は、ベカが巨漢男と同様に、不意打ちしようとしているのではないかと思っていたのだった。男は頑として後ろを見ず、目を放そうとしなかった。


「本当に何か来てるんだけどな……」


 影は猛スピードでこちらに近づいている。路地の横幅ギリギリまで翼を広げ、


「いいか、私は貴族出だ。下士官学校を卒業している。ゆくゆくは官僚になるんだ。もし、私を……」と吞気に話している男の背中に体当たりをかました。

 男は子どもに投げ出された人形のように吹き飛び、地面に激突して気を失ってしまった。


 黒かった影は近くでよく観察すると蒼く、モフモフな柔らかい毛並が生えていた。そう、アーモだったのだ。


「アーモッ! よくやった! 偉いぞ!」


 ベカは褒めると、アーモをゴシゴシと撫でた。珍しく褒められたアーモは嬉しそうに尻尾を振っているが、なぜか口に大量の野菜を加えている。顔にも細かいなにかが大量に付着しており、汚れている。


「なんでこんなところにアーモがいるの? 係りゅう所に預けたんでしょ?」


 そう言ったのはソラだった。確かにそうだ。脱走するか、誰かに連れ出されない限り、アーモがこんなところにいるはずがない。


「おまえ、なんでここにいる?」

 ベカもアーモに尋ねた。もちろん、言葉をわからないアーモは野菜をむしゃむしゃと食べて喜んでいる。


「ドラゴンがいたぞ! こっちだッ!」


 路地の奥から、怒声とともに何人もの人だかりがやってくると、ベカたちを取り囲んだ。人だかりは皆鼻息を荒立て、手にはナイフや棒、三つまたを持ち、今にも攻撃してきそうな様子で構えている。


「そのドラゴンの飼い主はお前か?」


 怒りから顔を真っ赤にしたおじさんが、持っていたピッチフォークの切っ先をベカに向けた。


「はい、そうですが。うちの馬鹿がなにかしましたでしょうか?」

「なにかしましたかじゃねえよ! 俺の店がこいつに荒らされたんだ‼」


 アーモは舌をペロリとまわし、口の周りくっついている野菜の食べカスを口に取り込んだ。そしてベカに見つめられると、尻尾を振った。


「アアアア——モッ!」ベカは怒鳴り散らすと、「本当に申し訳ございません」とすぐに謝った。


 だが、店を荒らされたおじさんは納得がいっていなかった。


「弁償しろ」

「が、額はどのくらいですか?」と尋ねたのはソラだった。

 金額を耳打ちで聞いたソラは「ま~」と素っ頓狂な声をあげた。なにしろ給料二月分だったからである。ソラからその数字を聞いたベカも驚いた。


「どうしようか」とベカがため息を吐いたときだった、「この騒ぎはなんだ!」と憲兵が現れた。


 おじさんはアーモに店を襲われたこと、ソラは男兵士に絡まれて、ベカに助けられたこと、それぞれ事情を説明した。すると、憲兵はおじさんに向かって「よくわかった。お前たちはもう帰り、店の修復でもしなさい。後日憲兵が赴く」と言い、おじさんとその周辺人たちは不満そうだったが、逆らう訳にもいかないので、ぶつくさ言いながら路地を後にした。次にベカたちには「君たちは待ちなさい」とどさくさに紛れて逃げようとしたベカに釘をさした。


 ベカはゴクリと唾を飲み込んだ。この憲兵、明らかに死地を乗り越えてきた目をしている。おそらく、腰に携えた剣は飾り物ではなく、何人も切ってきた正真正銘の武器だろう。なにをされるのかわからない。


「お久しぶりですね、ベカさん」


 憲兵は優しく笑みを浮かべた。


「え? この人と知り合いなの?」


 ソラは不思議そうにベカを覗いた。ベカも不思議そうに「そうなんですか?」と憲兵を見つめた。


「やはり、覚えていないのですね」

「悪いですね」

「いえ、いいんですよ。私はあなたの元部下です。これも巡りあわせ。後のことは私が全てやっておくので。代金も私がなんとかしておきます」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 ベカとソラは同時に言った。


「いえいえ、では」


 憲兵が裏路地からいなくなると、静けさが戻り、ベカとソラはようやく人心地つけた。ソラはまだベカの腕を掴んでいる。


「ベカって馬鹿だけど強いんだね」

「悪いか?」

「悪いなんて一言もいってないでしょ……その、一応ありがとうね」

「本当は助けようとは思わなかったんだけどな、思ってた以上にソラは怖がりちゃんだったからな。仕方ないのさ」

「別に怖がってないし!」


 彼女はドラゴンを虐待していた。その事実が、のどに刺さった小骨のように心にとどまり、チクチクと悪さをしている。ベカは、自分の腕をまだ掴んでいるソラの手をそっと優しく離させた。本当に怖い思いをしたのだろう。まだ手が震えている。


 ソラの腕に包帯が巻かれていることに気が付いた。ロカが、最近使ってもない包帯がすぐになくなると、呟いていた。その犯人はソラだったのだ。


「腕、ケガしてるのか?」


 ソラは包帯を隠すように腕を組むと、


「あなたには関係ないでしょ」と言って、背中を向けて歩き始めてしまった。それを見ていたアーモとベカは、目を合わせた。


「あ、てかお前ッ! なにやってくれてんだッ!」


 その後散々に怒られたアーモだった。


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