サークラ美少女を護衛せよ(8)
◇◇◇
その日の、午後4時。
「―――――次の証言。
3回生ヤマダくんより。
6月3日。彼に、交際相手がいるということを知っていたにも関わらず。この日天沼さんは山田くんを呼び出します。ちょうど、交際相手との待ち合わせがあった18時30分に。
しかも、そのまま、待ち合わせ場所を通過して、交際相手に見せつける、ということまでしている」
「――――次の証言。
1回生、匿名希望男子。
6月4日、天沼さんと食事。それを天沼さんが2回生の先輩男子Dに吹聴された結果、彼は先輩男子Dとその友人たちから暴行被害を受けることになりました」
「――――次の証言。
2回生、匿名希望男子。6月5日に天沼さんと附属図書館で会ったところを、高校以来の親友に見られた結果、その親友と絶交……」
(…………弁護士なしの裁判?………)
和希は教室の外で盗み聞きしながら、嘆息した。
いま天沼紗紅の『吊し上げ会』が開かれているのは、教室のひとつである。
迷った結果、和希は、慶史をここにはつれては来なかった。
確証があったわけではないが、連れてこないほうがいい、と、和希の勘がささやいていた。
教室のなかで、天沼紗紅を囲むのは、30人近い男女。
うち1人の女が、裁判長兼検事のようなスタンスで、彼女が収集したらしい証言や証拠を、読み上げている。
ところで、そのヤマダ氏はこの場にきていないのだろうか。
天沼紗紅が有罪だとすると、交際相手がいるにもかかわらずぐらついたヤマダ氏は、どうなるのか。
あと、傷害犯っていうリアル犯罪者がいるみたいなんだが、それは良いのか。
1人座っている天沼紗紅はこちらに背中を向けていて、表情はよくわからない。
一方、とうとうと、天沼紗紅がやったことを語っている女は、得意気でどこか恍惚として見える。
自分を正義の立場において、人を糾弾するのは、それはそれは楽しいだろう。
(うん、危ないな)
何が危ないって、声の大きい煽動者がいることだ。
人間の『正義』はいとも簡単に暴走する。
天沼紗紅は、助けを求めないぐらいなので何か自信があるのかもしれないが、彼女に対して何か直接的な加害が起きる可能性はゼロではないと、和希は考えた。
茹でる麺にぶっかける冷や水のごとく。
ゆだってる人間の頭は、適切なタイミングで冷やすべきだ。
そろそろ、邪魔をしておこう。
大きく、皆に聞こえるように咳払いをすると、和希はツカツカと、教室の中に入った。
視線が一気に、和希に集まる。
天沼紗紅も驚いた顔を和希に向ける。
「やぁ、あまぬまさん?
ちょっと話があって探してたんだけど、いまだいじょうぶ?」
超棒読みのセリフを、大きな声で、それも場をしきっていた女よりも大きな声で、ゆっくりと。
「え……ええ……あの……?」
戸惑う天沼紗紅の表情は、演技ではないように和希には見える。
「部外者は出ていってください!」
検事ポジの女が叫ぶ。
さっき、3回生を「くん」付けで呼んでいたということは、3回生から上だろう。となると和希よりも歳上なのは確実か。
「すみません、これってどれぐらいかかるんです?」
「話を聞いて……」
「長くかかるのなら、先にこちらの用事を済ませてもいいですか?
ちょっと外で、天沼さんと話してくるだけなので」
当然、教室の外に出たらそのままとんずらするつもりだ。
まぁ天沼紗紅が従ってくれるか懸念もあるが。
「――――三条さん」
「ん?」
天沼紗紅から声をかけられて、和希は紗紅に目を向けた。何か、問題があっただろうか。
「そんなに長くかからないと思います。
だから―――ここにいっしょにいてくれません?」
「………………?」
予想外の提案。
どう考えても、ここから離脱するのが一番安全なはずだが。
ここに残りたいというのは?
意地か、それとも?
「お願いします」
紗紅は、大きな湖みたいな瞳で、和希を見上げる。
その瞳の深い湖の水面に、わずかなさざなみが立っていることに、和希は気づいた。
隠しきったつもりの不安が漏れている。
そう感じた和希は、深くうなずき、天沼紗紅のとなりの椅子に、わざと男っぽく威圧するように、ドカッと腰をおろした。




