サークラ美少女を護衛せよ(1)
―――― 7月末 ――――
大学もテスト期間に入り、多くのサークルは活動を停止、学生たちは勉強に集中する日々を送る。
工学部2回生女子、三条和希もまた例に漏れず。
「和希は最近、夜も休みの日も勉強ばっかりだなぁ」
「そりゃ、試験期間ですからね。単位が取れなきゃ、容赦なく留年しますから」
子供特有のサラサラの髪を揺らして、ノートを覗きこんでくる、琥珀色の大きな瞳がきらきらとかわいらしい小学生の家主とともに、下宿先で、勉強づけの日々を過ごしていた。
下宿先、といっても、下鴨に位置する、広い庭園を抱えた日本建築のお屋敷だ。
超大手スポーツ用品メーカー『新影』の創業者、上泉綱三が遺した屋敷。
前髪の長いショートの黒髪、大粒の紫水晶のような深い紫の瞳を持つ三条和希は、一見、長身で細身の普通の女子大学生だが、ITFテコンドーと極真空手をベースに、ムエタイ、総合、少林寺拳法ほか数々の武道・格闘技を修めている。
その縁で、この屋敷に下宿することになったのだ。
勉強している部屋は、障子を開け放った、畳の大座敷。
横にいる家主・上泉知有(小学5年生)は、勉強する和希に、時折話しかけながら、2Bのえんぴつで、夏休みの宿題の絵の下描きをしている。
せっかく夏休みに突入したのに、和希に相手をしてもらえなくて勉強の邪魔をし続けていた知有も、テストに切羽詰まっている大学生を邪魔するのは、岩山を手で押して動かそうとするようなものだと悟ったらしい。
とはいえ、昼間は、小学校の友達の家に遊びに行ったり、屋敷に呼んだりしているとか。じゅうぶん充実した夏休みを過ごしている様子だが。
「でも、去年よりはだいぶマシですよ、おかげ様で。
ここに下宿していなかった1回生の頃は、生活費的な問題で、テスト期間でもバイトを休めませんでしたから」
「1人暮らしって大変なんだなぁ。
そういえば慶史も最近来ないけど、ずっと勉強してるのかな?」
「慶史も私と同じ工学部なんで、わりと勉強漬けだと思いますよ。今夜は違うと思いますけど」
「?? 今日は違うって、どうして?」
「クラスの子たちに誕生日祝いをしてもらうって言ってたので」
……ボキッ。
知有の手元のえんぴつの芯が、大きな音を立てて折れた。
芯が引っ掛かった画用紙に、大きな穴が開く。
「……聞いてない」
「え?」
だん! と、テーブルに知有が両手をつく。
「わたしっ!
慶史の誕生日が今日だなんて、聞いてないぞっ!
プレゼントも用意してないし、っていうかどうして教えてくれなかったんだ!」
「あー……すみません。
私もプレゼント週末にでも渡そうと思ってて、家主さんに言うのすっかり忘ふへへはしは。いはいれふやふひはん」
知有に、ぐにー、と、両ほほを引っ張られながら、和希はしゃべった。
教えてくれたら行きたかったのに!と、知有はわめく。
この小学生家主、普段落ち着いてるのに、たまにめちゃめちゃこどもな時がある。こどもだからだけど。
「……まぁ、大学生の誕生日会だから?
こどもの私を誘ってくれないのは、1億歩ゆずって許すとしよう。許さないけど。
なんで和希はいかないんだ!」
「へ?」
知有に両ほほからようやく手を離され、痛みの残るほっぺたをさすりながら、和希は首を傾げた。
「なんで私が行くんです?」
「だって、和希は、慶史と一番仲がいいだろう?」
「いや、誕生日ぐらい、気を遣う先輩なんていないところでのびのび祝ってもらいたいんじゃないですか?
家主さんだって、私や慶史と遊んでても、クラスの子たちとだって仲良くするし、それぞれ別に遊ぶでしょう。同じですよ」
「……むぅ。
でも私、慶史にお誕生日おめでとう言えてない」
「あとで私の携帯で電話します?」
「……番号知ってるから自分でかける。
和希は? 慶史におめでとうは言ったのか?」
「昨日寝る前、12時にメールしました」
「ずるいずるい!」
再び、知有にぐにーっとほっぺたを引っ張られ、ああこりゃしばらく収まらないかもしれないなと思って苦笑いしたら、ハウスキーパーさんが、ととと、と座敷に小走りに入ってきた。
「今井慶史さんがお見えです」
「慶史が?」
知有が、ぱっ、と和希のほほから手を離した。途端に表情がぱああっと輝く。
和希は時計を見る。まだ夜9時前だ。
誕生日祝いが終わったにしては、ずいぶん早い時間だが。
「もう寝られているようだったらいいです、とおっしゃっていましたが、お会いになりますか?」
「もっちろん!」
知有が和希を置いて、ダッシュし始めた。
そのゲンキンな後姿を見て、思わず笑いながら、和希は自分の部屋へと小走りに向かった。
ちょうどいい。
プレゼントをこのタイミングに渡してしまおう。
慶史へのプレゼントの包みを手提げ袋にいれ、屋敷の玄関に向かう。
(……………………?)
屋敷の坪庭のそばの廊下を歩いているとき、ふと、違和感を覚えた。
庭の向こうに、慶史を出迎えているであろう、知有の背中が見える。
その様子が、(顔は見えないけれど)なんだかおかしい気がする。さっきまでの元気いっぱいの知有ではないような。
どうしてだろうかと、足が早まる。
たどりついた玄関。知有が、困ったような顔を和希に向ける。
「あ、和希さん、こんばんは」
和希の後輩、今井慶史は、いつもどおりの屈託のない笑顔で挨拶する。
斜めがけのバッグをかけ、手には、こちらも手提げ袋。
その後ろに立つ、和希には見覚えのない一人の美しい少女が、こちらに微笑みかけて会釈した。




