小話 鈴鹿尋斗への告ハラがひどい件
☆ ☆ ☆
「失礼なことを言ったら申し訳ないんだけど」
K大学文学部1回生の神宮寺賢一郎は、同じ文学部所属でサークルも同じの1回生・鈴鹿尋斗に話しかけた。
キャンパスの南部にある食堂で、2人、昼食を食べていたところである。
「……念のために言うが、その台詞はさして免罪符にならないぞ」
「ああ、ごめん。
言い訳先回りのつもりはなかったんだけど」
「どうかしたか?」
鈴鹿はうながす。低音、そして、俳優みたいな美声。
その美声以上に、映画の画面からそのまま抜け出してきたような、芸術品をも超越するような、破壊力のあるものすごくカッコいい顔。
その容貌は、男も惚れると、学部を超えて噂になるほどだった。
神宮寺の知る限り、もう、とんでもなく恐ろしい勢いで女性からモテる。そしてそれが鈴鹿の悩みの種であることも、神宮寺は知っている。
「鈴鹿くんは、今のところ、女性を好きにならないんだよね?
男性はわからないにしても」
同級生の神宮寺は、以前、鈴鹿から、そのように聞いていた。
神宮寺は今までマイノリティについてきちんと勉強したことがなかったから、知識不足は否めない。
けれど、女性が性欲の対象になっていないのなら、同性愛者寄りのアセクシュアルかノンセクシュアル、ということかな、と考えている。
アセクシュアルが、恋愛感情を持たない人、ノンセクシュアルが、恋愛感情を持ったとしても性的感情を持たない人、だったような気がする。
鈴鹿と知り合ったのをきっかけに、もうちょっと勉強しようと思っているところではあった。
「で、もしも、それを知ってる女性から、それでも好きだって告白された場合って、告ハラって感じる?」
学食の小さな湯飲みコップで、こく、っと鈴鹿はお茶を飲んだ。
「誰かから聞いてくれって頼まれたのか?」
「なんでわかったの!?」
「勘」
「…………………」
武道家の勘、鋭すぎる。ビンゴだ。
先日、ほぼ面識のない、どこかの授業で神宮寺と会ったという法学部かどこかの女子学生が、突然神宮寺に声をかけてきた。
鈴鹿尋斗に告白を考えているのだが、女性が恋愛対象ではないのを知っている人間が告白しても告ハラにならないか、鈴鹿がどう思っているか聞いてほしい、というのだ。
「一般論を聞きたいなら、人によるとしか言えないな。
俺に関して言うなら」
「うんうん」
「人間の幸福追求権のひとつ、として、告白の権利は人それぞれ持っていると考えている。
が……」
「が?」
「相手の人権を尊重してくれというのと。告白されることによって身に危険を感じることもある、ということを認識した上で告白してくれ、とは言いたい」
「……人権? 身に危険?
もしかして、前に襲ってきたストーカーのほかにも、危害を加えてきた人がいたの!?」
「いや、あれは一番極端な例なんだが……
昼飯どきにする会話じゃないが、聞きたいか?」
「う、うん………」
自分から聞いた手前、神宮寺はうなずく。
最初はきっと鈴鹿も、告白されるのを断るだけでもだいぶエネルギー削られていたんだろうな。
そう、神宮寺は想像する。
神宮寺も、この間人生初めての告白をされたが、断った。
相手は同じサークルの女子。
それも、鈴鹿に告白して断られたその3日後に告白してきたのだ。
(なぜ男子同士で話していると思わないのか、理解に苦しむが…)
でも、そんな相手の告白でさえ、神宮寺は、断るのに、めちゃめちゃ、精神的なエネルギーを使ったのだ。
告白を断るのは本当にエネルギーを使うのだということを、自分が断る側になって知った。
そのダメージを、鈴鹿のような高頻度で受け続けるなんて正直想像を絶する。
鈴鹿も、最近はダメージの軽減のため、告白してくる相手の心理を一切斟酌せず、一言でバッサリ振るようにしているそうだが……
「浪人生のころからよくあったのは、カムアウトした女子から『でも男相手だと結婚も子供も望めないでしょ?』っていう、上から目線の告白」
「いきなりヘビー級のきたんですけど?」
もう少しで味噌汁を吹くところだった。
少なくとも神宮寺は、告白について、聞いたはずだ。受けた差別ではなく。仮にも好きな人にそんな言葉を、なぜ。
「あと酒をのませてどうこうしようとか。
男からよくあるのは、『鈴鹿なら抱ける気がするから一回やらせろ』」
「本当に昼からする会話じゃない」
「告白に、上下関係使ってくるのも、粘っこく質が悪い。断ろうとすると『誘っているわけじゃない』『恋愛じゃない』ポーズを取るくせに、どこでそっちに切り替えようかと虎視眈々と狙ってくるところが」
「あ、それは性的指向関係ないやつだ」
「あとは『男が好きなんて、最近の風潮に影響されてるだけだから目を覚まして』とかいうのもあった」
「いやそれ本当に告白なの?」
鈴鹿がうなずくのを見て、神宮寺はためいきをついた。
告白、なのか?
相手が嫌だろうかと、少し考えればわかるだろうに。
仮にも好きな人なのに。
相手を手に入れたいという気持ちが先行して、心を思いやれないのはなんというか、悲しい。
無理解、勉強しようともしない勉強不足。
ナチュラルに潜んでる差別意識。
それも、仮にも好きな人相手なのに。
人権を尊重していない、という、鈴鹿の言葉が、痛いほど胸に刺さった。
「……まだまだあるが、そろそろやめておこうか」
「………うう……ごめん……」
見るからに神宮寺がげんなりしていたのが顔に出てしまったのか、気づかれてしまったらしい。
鈴鹿が、いやな記憶をせっかく自分に話してくれたのに。覚悟と耐性がなくて、もうしわけない。
それにしても。
人は、こうも、見えている世界が違うものか。
同じ場所にいるのに。
見えている世界、接してくる世界が全然違う。
ただちょっと少数派に産まれたというだけで。
鈴鹿は鈴鹿で、たぶんふつーに生きてきただけなのに。
近くにいるからある程度わかっていると思っていた。
こうして話をきかなければ、何もわからないままだった。
(………………………)
「………鈴鹿くん、からあげ1こ食べる?」
「?? ああ、ありがとう」
午後の始業近く、周囲の学生たちは徐々に席を立ち始めていた。
【了】




