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小話 祇園祭に連れていってもらえなかった人の話


     ☆ ☆ ☆


 京都市左京区にあるK大学の2回生の三条和希(さんじょうかずき)とその仲間たちが、祇園祭の宵山(8月16日)に行ってから、数日後のこと。



 京都下鴨、上泉邸の敷地内にある道場。

 和希は、ITFテコンドーの昇段試験の練習をしていた。


 指導しているのは、和希の1学年上の大学生。弱冠20歳にして、全日本2連覇中、前回の世界大会では銀メダルというテコンドー界の若き至宝、牧ノ瀬(まきのせ)刀流(とおる)

 整いながらもやや幼さを含んだ顔立ちが、カッコ可愛いと近年評判であり、日本全国に徐々に女性ファンを増やしつつあるモテ男でもある。



 さて、普通の女子なら、そんなイケメンのマンツーマン指導に、多少はテンションが浮かれたりするところなのかもしれない。


 しかし、あいにく三条和希という女の目には、トオルは、人懐こい大型犬ぐらいにしかうつっていなかった。というわけで忠武(チュンム)という型の、出だし4動作を、何十回となく直された和希は、とてもげんなりしていた。



「でも大分よくなった。ほれ見てみ。

 ビフォーアフター」



 そう言って、トオルは、へたばり気味の和希に、ビデオカメラで動画を見せる。



「これが2週間前のお前の忠武(チュンム)

 ………………んで…………これが、今撮ったやつ。

 角度ばっちし、手足呼吸ぴったりだろ。

 あとは、型を通しでやったときにもちゃんと出来れば」



「うん。それはわかった……から。次の動作に進んでいい?」



 同じ動きを延々果てしなく体に叩き込まれて、気持ちがだいぶ萎えてきた和希なのであった。



「いやむしろ、下半身だるいから、ちょっと伸ばしたいんだけど」


「しゃあねぇなぁ。了解」



 トオルの承諾の返事を聞いたとたん、ぺたん、と和希は180度足を開いて床にぐにゃっと伸びた。縦横に、自由に足と上体を伸ばす。その顔に、体調が悪そうな影はない。



 和希はこどもの頃に重篤な性被害を受け、その精神的な後遺症が引き続き残っている。

 先日、密閉された道場のなかで、このトオルと2人きりになったとき、和希は体調が悪化してしまった。

 それ以降は、別の場所で練習したり、他の人間に立ち会ってもらったりしていたのだが。

 その後、和希も徐々に慣れてきたのか、1対1で練習しても、道場の引き戸を開けておけば大丈夫、となった。

 寛解までは遠いかもしれないが、日常のなかで、可能なことが増えるのは、ありがたいことだ。



「しかし、三条のからだ伸びるなぁ。うらやましいぐらい」



 和希に向かい合うように座ったトオルが、和希のからだをとっくり眺めながら言う。

 彼もまた180度開脚するが、そのまま無理なく体をぺたんと倒す、とまではいかない。



「後ろの蹴りあげがなぁ、まだ」


「ん。ふくらはぎ触って大丈夫なら、俺、足持ち上げようか?」


「……あー……わからない。どう、だろ」



 和希はすっと立ち上がり、壁に手をつくと、そのまま独力で、右足を、上げられる高さまで後ろに蹴りあげる。



「充分やらかいけど……じゃ、さわるよ?」


 持ち上げた足、ジャージ越しにトオルの手が触れて、ゾワッとする。

 丹田たんでんに力を入れて、平常心平常心と心中で唱えながら、トオルがグイグイ足を持ち上げていくのを、力を抜いて受け入れた。


「こんな感じ?

 ここは1人じゃ伸ばし切れないもんな」


「うん、そうだね……」


 和希は腹に力を入れながら、息を吐いた。


「うわっすげえ高さ。

 ほんと足長いな。

 絶対さぁ、和装とか似合いそうなんだけど……」


「ん?道着も和装っちゃ和装だろ?

 (背中にハングル入ってるけど)」


「いや、なんていうか、袴とか、浴衣とか?」


「それこそ足の長さ関係ない気がするけど……

 浴衣はちなみに着れない。スカートと同じ理由で」


「んー。そうかぁ。

 いや、夏だしさぁ。試験終われば夏休みだしさぁ。

 花火とか祭りとか、どこか行きたくない?」


「足、逆にするから放して」


「…はーい」右足を和希は地面に下ろし、左足を振り上げる。


 トオルが左足に触れ、くいくいと持ち上げていく。


「で、さっきの話」


「そっちの世界大会の練習は?

 ただでさえ私の試験の練習に付き合ってるのに」


「それは、まぁ、そうだけど……でも、1日ぐらい俺も息抜きしたいから、今度は三条が付き合ってくれると嬉しいな!」


「んー……どこ行くにしても多分家主さんがついてきたがるからなぁ……こないだも祇園祭に」


「…………ん?」



 きゅ、と、和希の足をもつトオルの手に力が入った。



「待って。祇園祭行ったとか俺聞いてない」


「え? ああ、サークルで行ったから。

 キミと仲のよろしくない鈴鹿もいたし」


「へー……」



 トオルの握力がどんどん強まっている気がするのは、気のせいだろうか。



「鈴鹿くん?の他は?」


「慶史だろ、家主さん、あと2人ほどサークルの……あの、牧ノ瀬さん? 痛いんですけど?」


「ああ、大丈夫まだ上がるから全然いけるから」


「……いだ、だ、だだだだだって……誘わなかった、こと、怒ってる…………の、か??」


「いや、べーつーにー?

 まだ7月ですし夏はこれからですしー?

 三条が、俺に悪いとも思ってなくて、どこにも一緒にでかけてくれないっていうなら別ですけどー?」


「だだだだだだだっ……、ひ、きょ……い、だだだだっっ」


「んー? 暑いから行きたくないってー?」


「言ってな……い、わ、わか、たから、……いく、からぁっ!!!」


「はい言質(げんち)いただきました」




 途端に外れたトオルの手。

 ひゅるん、と足をたたみ、和希は、してやったりの表情のトオルをにらむのであった。




「でも祇園祭、一緒に行きたかったなー」


「いや牧ノ瀬ぐらいモテてたら、14、15、16、17と日替わりで違う女の子と出かけるぐらいやってるかと……」


「待って俺のイメージ地に落とさないで」






【了】

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