小話 祇園祭に連れていってもらえなかった人の話
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京都市左京区にあるK大学の2回生の三条和希とその仲間たちが、祇園祭の宵山(8月16日)に行ってから、数日後のこと。
京都下鴨、上泉邸の敷地内にある道場。
和希は、ITFテコンドーの昇段試験の練習をしていた。
指導しているのは、和希の1学年上の大学生。弱冠20歳にして、全日本2連覇中、前回の世界大会では銀メダルというテコンドー界の若き至宝、牧ノ瀬刀流。
整いながらもやや幼さを含んだ顔立ちが、カッコ可愛いと近年評判であり、日本全国に徐々に女性ファンを増やしつつあるモテ男でもある。
さて、普通の女子なら、そんなイケメンのマンツーマン指導に、多少はテンションが浮かれたりするところなのかもしれない。
しかし、あいにく三条和希という女の目には、トオルは、人懐こい大型犬ぐらいにしかうつっていなかった。というわけで忠武という型の、出だし4動作を、何十回となく直された和希は、とてもげんなりしていた。
「でも大分よくなった。ほれ見てみ。
ビフォーアフター」
そう言って、トオルは、へたばり気味の和希に、ビデオカメラで動画を見せる。
「これが2週間前のお前の忠武。
………………んで…………これが、今撮ったやつ。
角度ばっちし、手足呼吸ぴったりだろ。
あとは、型を通しでやったときにもちゃんと出来れば」
「うん。それはわかった……から。次の動作に進んでいい?」
同じ動きを延々果てしなく体に叩き込まれて、気持ちがだいぶ萎えてきた和希なのであった。
「いやむしろ、下半身だるいから、ちょっと伸ばしたいんだけど」
「しゃあねぇなぁ。了解」
トオルの承諾の返事を聞いたとたん、ぺたん、と和希は180度足を開いて床にぐにゃっと伸びた。縦横に、自由に足と上体を伸ばす。その顔に、体調が悪そうな影はない。
和希はこどもの頃に重篤な性被害を受け、その精神的な後遺症が引き続き残っている。
先日、密閉された道場のなかで、このトオルと2人きりになったとき、和希は体調が悪化してしまった。
それ以降は、別の場所で練習したり、他の人間に立ち会ってもらったりしていたのだが。
その後、和希も徐々に慣れてきたのか、1対1で練習しても、道場の引き戸を開けておけば大丈夫、となった。
寛解までは遠いかもしれないが、日常のなかで、可能なことが増えるのは、ありがたいことだ。
「しかし、三条のからだ伸びるなぁ。うらやましいぐらい」
和希に向かい合うように座ったトオルが、和希のからだをとっくり眺めながら言う。
彼もまた180度開脚するが、そのまま無理なく体をぺたんと倒す、とまではいかない。
「後ろの蹴りあげがなぁ、まだ」
「ん。ふくらはぎ触って大丈夫なら、俺、足持ち上げようか?」
「……あー……わからない。どう、だろ」
和希はすっと立ち上がり、壁に手をつくと、そのまま独力で、右足を、上げられる高さまで後ろに蹴りあげる。
「充分やらかいけど……じゃ、さわるよ?」
持ち上げた足、ジャージ越しにトオルの手が触れて、ゾワッとする。
丹田に力を入れて、平常心平常心と心中で唱えながら、トオルがグイグイ足を持ち上げていくのを、力を抜いて受け入れた。
「こんな感じ?
ここは1人じゃ伸ばし切れないもんな」
「うん、そうだね……」
和希は腹に力を入れながら、息を吐いた。
「うわっすげえ高さ。
ほんと足長いな。
絶対さぁ、和装とか似合いそうなんだけど……」
「ん?道着も和装っちゃ和装だろ?
(背中にハングル入ってるけど)」
「いや、なんていうか、袴とか、浴衣とか?」
「それこそ足の長さ関係ない気がするけど……
浴衣はちなみに着れない。スカートと同じ理由で」
「んー。そうかぁ。
いや、夏だしさぁ。試験終われば夏休みだしさぁ。
花火とか祭りとか、どこか行きたくない?」
「足、逆にするから放して」
「…はーい」右足を和希は地面に下ろし、左足を振り上げる。
トオルが左足に触れ、くいくいと持ち上げていく。
「で、さっきの話」
「そっちの世界大会の練習は?
ただでさえ私の試験の練習に付き合ってるのに」
「それは、まぁ、そうだけど……でも、1日ぐらい俺も息抜きしたいから、今度は三条が付き合ってくれると嬉しいな!」
「んー……どこ行くにしても多分家主さんがついてきたがるからなぁ……こないだも祇園祭に」
「…………ん?」
きゅ、と、和希の足をもつトオルの手に力が入った。
「待って。祇園祭行ったとか俺聞いてない」
「え? ああ、サークルで行ったから。
キミと仲のよろしくない鈴鹿もいたし」
「へー……」
トオルの握力がどんどん強まっている気がするのは、気のせいだろうか。
「鈴鹿くん?の他は?」
「慶史だろ、家主さん、あと2人ほどサークルの……あの、牧ノ瀬さん? 痛いんですけど?」
「ああ、大丈夫まだ上がるから全然いけるから」
「……いだ、だ、だだだだだって……誘わなかった、こと、怒ってる…………の、か??」
「いや、べーつーにー?
まだ7月ですし夏はこれからですしー?
三条が、俺に悪いとも思ってなくて、どこにも一緒にでかけてくれないっていうなら別ですけどー?」
「だだだだだだだっ……、ひ、きょ……い、だだだだっっ」
「んー? 暑いから行きたくないってー?」
「言ってな……い、わ、わか、たから、……いく、からぁっ!!!」
「はい言質いただきました」
途端に外れたトオルの手。
ひゅるん、と足をたたみ、和希は、してやったりの表情のトオルをにらむのであった。
「でも祇園祭、一緒に行きたかったなー」
「いや牧ノ瀬ぐらいモテてたら、14、15、16、17と日替わりで違う女の子と出かけるぐらいやってるかと……」
「待って俺のイメージ地に落とさないで」
【了】




