祇園祭の夜の貴女は(13)
◇◇◇
「……いやもう、色々ありすぎて疲れた……」神宮寺のへたった声が聞こえた。
祇園祭から撤収し、なぜかそのまま、下鴨の上泉邸まで皆来てしまった。
そのため、今井慶史は、皆のぶん冷たい麦茶を用意し、盆にそろえて縁側に運んでいるのである。
「麦茶だよー。どうぞー」
「悪い」「あ、ありがとう」「助かる~」
皆それぞれにコップに手を伸ばす。
和希と知有は席をはずしているので、盆の上に、2つのコップが残る。
あのときの和希に一瞬ひるんだ知有は、しかし、そういう面も含めて和希をもっと知りたいと言って、誘い出した。今は2人だけで、書斎で話しているところ。
神宮寺は、涼しい風が高野川から登ってくる縁側に足を投げ出して座りながら、大きく息をついていた。
上にはおっていたシャツを脱いで黒のタンクトップ1枚になった鈴鹿が、ぱたぱたとうちわで自分をあおいでいる。
絞まったキレキレの筋肉が形作る、惚れ惚れするような二の腕。ため息が出るほど憧れる。
女子が直視したら鼻血出すかも、とか思ったが、この場にいる唯一の女子、水上紗映子は、麦茶を静かに飲みながら、目線を神宮寺・鈴鹿からはそらしている。
ちょっと目のやり場に困っている様子。
「悪かったな。俺の思い込みで」
鈴鹿が、神宮寺に声をかけた。
「慶史も殴られることになって、悪かった」
「まぁ仕方ないよ……条件が揃いすぎてたんだって」慶史より早く、神宮寺が答える。
「普通に毎日をすごしても自分の知らないとこで恨まれたりするんだなー。僕もびっくりしたし、鈴鹿くんだって、そんなところに思い至らないよ。それで、その鈴鹿くんの後輩は、そんなに三条さんに似てたの?」
「……………………」
慶史はさりげなく押し黙る。そこに話が帰ってきましたか。
「ああ、まぁ……。
今日の三条さんのキレ方も、ちょっと似てた気がするな」
そりゃそうでしょうね。本人ですから。
もう、いっそ気づいちゃってくれないだろうか、鈴鹿。
「ただ」
「ただ?」
「どんなにぶちギレていても、猛獣使いに声をかけられると途端におとなしくなるところは、やっばり別人なんだな、と思った」
鈴鹿の言う、『猛獣使い』の意味がわからず慶史が首をかしげていると、神宮寺が吹き出した。
はて、と、うつむいてぷるぷる笑う神宮寺を見ていた慶史だったが。やがておもむろに口を開く。
「……俺のこと?」
「むしろ何で気づくまでに5秒かかった」
先生、鈴鹿くんがひどいです。
「いや、俺だって別に和希さんを猛獣とか思わないし。
猛獣つかいとかそんなつもりじゃ……」
「別に、お前と三条さんの仲が良いのは今に始まったことじゃないし、あの人が、怒りで我を忘れるほどお前のことが大好き過ぎるのも、俺は、悪いこととは一切思っていない。
ただ、俺の後輩のほうには、鞘になれる存在というか、そういう相手はいなかったな、って。
そう思っただけだ」
(…………………………)
結論は秘密から離れた。
皆からは、和希が慶史に執着しているあまり、我を忘れてキレたように見えるのかもしれないが、それは違う、と慶史は思っている。
今日の和希は、おそらく彼女自身でも気づかないうちに精神的な負荷をためてしまったせいだ。
懸念は先に色々あった。だけど、それをおして、今日出かけた。それは知有のためでも、自分自身のためでもあるだろう。結果として負担がかかってしまったようだけど。
ただ。慶史の存在によって、高校の頃よりも三条和希という人を孤独にさせないことができているならば、それはせめてもの救いだと、慶史は思う。
「……あのさぁ」少し、声のトーンを落として、神宮寺が言う。
「大丈夫、なんだよね?」
「何が?」
「いや、だから、三条さん……。
今井くんがいれば、大丈夫、なんだよね?」
「そんなの、わからないよ?」
神宮寺の言葉の裏にある怯え。それを確かに感じとりながら、慶史は、突っぱねるように突き返した。
「でも、いつ自分が危険視される側に回されるかわからない、それが人間だとおもわない?
迫害される側に、明日なるかもしれない。自分には想像もつかない理由で。それは、今日、神宮寺も痛感したところだろう? 何にも自分が悪くないのに。想像したこともない理由で」
「……………………………………」
「おそろしくない人間なんて、この世にいない。
俺はそう思う」
「……まぁ、色々言いたいのはわかったけど、伝わったのは」
水上が、のみ終えたコップを盆に戻しながら、言った。
「今井くんも大概、三条ちゃんのことが大好きってことかな?」
ものすごく大雑把に水上がまとめると、話し合いが済んだらしい、知有と和希が、こちらにやって来る足音が聞こえてきた。
【第6話 祇園祭の夜の貴女は 了】




