祇園祭の夜の貴女は(12)
ふっ、と、足元の男の体を軽く跳び越え、神宮寺の横をすり抜けて、和希は加勢の男たちに向かっていく。
加勢は4人。体格の大小はあるが、いずれも男。
和希を完全にターゲットにしている。
「さ、三条さん……!?」
神宮寺が声を上げるか上げないか、その、ごくごく、短い時間。
和希の変則的な動きに戸惑ったような加勢の男たちの勢いが止まる。
いつの間にか和希は、加勢の男たちの後ろに回っていた。
「な!?」
1人目。鋭く裏ももを蹴りこまれ、崩れ落ちる。
2人目。振り向きざまの顔の顎を和希の拳がとらえ、そんなに強い打撃とも思えないのに大きく頭を揺らしたあとに、地面に沈んでいく。
3人目。進もうとする勢いをどうにか踏みとどまるので精いっぱいの男の、こめかみを和希の蹴りがかすめる。刀で斬りあげるような速さの蹴りに、これも、落ちた。
4人目。ようやく和希に向きなおろうとした瞬間の男に対して、和希はハイキックした足を地面に下ろさないまま、まっすぐ横に突き、相手の腹を貫く。
…………と、いうのが、神宮寺がなんとか見て取れた三条和希の動きだ。
この間、3秒にも満たなかった、と神宮寺は思う。
(恐い)
見ただけで沸騰しそうなほどの怒りを、全身から放っているにも関わらず、動きは沈着そのものの、無駄のない精密機械のような倒し方。
恐い。この人、本当はどれほど強いんだろう?
「……正当防衛の範疇を越えましたよ?」
低い低い声で、対抗するように鈴鹿が言葉をぶつける。
でも、わずかに声がぶれていた。平静を装いながら、鈴鹿が、気圧されているのが、神宮寺にもわかってしまう。
「……寝たフリしてる奴ら、起きろや」
和希は鈴鹿の言葉に耳を貸さず、地面に転がりうめく男たちを蹴りつけながら、地獄のごとき声で、煽る。
「私の後輩に手を出して、これで済むわけがねぇだろ?
死にたくなきゃ起きろや? あ?」
据わった目で男たちをねめつけて、手のように器用な足先で、1人1人のあごを掬い上げる。
どうしよう。この事態。どうしたらここから抜け出せるのかわからない。
困惑の極致で神宮寺の頭がぐるぐるする。
思わずキョドってしまう。どうしたら。どうしたら。
「和希さん!!」
…………男にしては高い、伸びやかな声。
いささか明るすぎて、この場にはのんきにさえ思えるようなその声が響いたとき、そしてそれが誰のものか一発でわかったとき。
神宮寺は、ほっとして、その場に崩れ落ちるかと思うほど力が抜けた。
「帰りましょう? 和希さん」
小柄な知有を肩に担ぎ、横に水上を連れて、いつもと変わらぬ口調で慶史は声をかける。
「……慶、史」
和希の声が、いつものそれに戻っていた。
しかし、まだ、目がおかしい。
まだ『恐い』和希のままだ。
慶史の頭にしがみつきながら、不安げに慶史を見る知有。いつもと様子の違う和希に、どこかおびえているようにも見える。
慶史は、よっと、と、知有を地面に下ろし、とっ、とっ、と和希のもとに躊躇なく近づく。
「お祭りだし人混みだし、負担も知らず知らず、かかってたと思いますよ。帰りましょう?」
「慶史、あたま……」
「え、あ、えーと……そうでした。
あの、後頭部まだ痛いので、俺も休みたいのですが」
痛いので休みたい、という慶史の言葉は何だか棒読みで、帰ろうという言葉を補強する口実のように神宮寺には思えたのだが。
「悪いごめん、大丈夫か?
急いで帰ろう慶史」
本気で心配しているらしい和希は慶史に駆け寄り、手を延べ、慶史の後頭部に触れる。
遠慮がちに、指で、慶史の後頭部を探っている。腫れていないか、内出血していないか、ということか。
その様子は、今度こそ、いつもの三条和希だった。
「ありがとうございます」
にこり、と、慶史は笑顔を見せた。
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