祇園祭の夜の貴女は(9)
「……えっと鈴鹿?
一体何がどうなってそういう話に?」
一行6人のうち、三条和希、上泉知有、水上紗映子の女子3人が前に行き、男子3人が後ろで、歩きながら内緒話をする形。
戦々恐々、というのはこういうことを言うのだろうか。
聞き返しながら、つばが無駄に出る。心臓が痛い。
事情はわからず、きょとんとしている神宮寺に対して、慶史のほうは『三条和希とそっくりな男』の正体を知っている。
だからなぜここでその話が出るのか、混乱している。
「詳細は省くが、俺が高校の頃、後輩に、三条さんとものすごく似ている男がいた。土方というんだが…」
「えっ? そうなの?」
……はい、俺、その土方理宇さんのこと、知っています。
三条和希さんその人です。
長年、様々なネットストーカーに追われていた三条さんは、過去と素性を隠すため、高校では偽名を使っていました。
そして、色恋沙汰のトラブルから身を守るため、鈴鹿の前では、男のふりをしていたんです。
――――――などと、すぱっと鈴鹿に言ってしまえたら、どれだけ良いか。
三条和希本人から強く口留めされている、特一級の重要機密である。
もちろん、和希と鈴鹿が出会った時にも、やはり鈴鹿は(性別と名前が異なるとはいえ)本人か親戚なのでは、などと疑ったようだ。
だが、和希本人が全力でごまかした結果、どうにか今もって、秘密はばれていない。
しかし、それがなぜここで蒸し返されるのか?
「さっき、こっちのあとをつけてきた連中がいたんだが、その首謀者らしき奴が、三条さんを男だと思っていてな」
冷や汗が、慶史の手のなかを、だらだら垂れる。
慶史が言葉を発せない間に、神宮寺が「そうなの?」と口を開く。
ついさっきまで、魂ここにあらずだったが、意外な話に心惹かれたのか、目に光が戻っている。
「全然、男に見えないとおもうけどなぁ。
三条さん、胸結構大きいのに。
横胸のラインが黄金比とかって、先輩が……」
「へ?…………あの、一体誰がそんなことを?」
「え? あ、そうか。ごめん。
結構、今井くん以外の男しかいないとこでは、みんな女子のこととかがっつり話してるよ。あ、鈴鹿くんは入らないけど」
「へぇ、そうなのか……」
なにかものすごい勘違いが発生しているような気もしなくもないんだが。
そんなことを慶史がもにゃもにゃ考えていると、「話を戻したいんだが」と鈴鹿が、下腹に響くほど低い声で言う。
「さっきの連中はおそらく、三条さんを土方と間違えて追ってきたんじゃないかと思う。土方も、京都の大学に進学したそうだから」
(ええ。京都の大学にいますとも?)
「土方は、もちろん悪い奴じゃないし、人にいきなり無体なことをする奴でもなかった。少なくとも高校の頃は。
ただ、沸点が低いというか、挑発を受けると流せないところがあって」
(うん、思い切りそういう人、俺たちの少し前を歩いてますけどね!)
「その土方が、相手からケンカを売られたりして、闘って、敵を作っていた可能性がある。それで……」
「そ、その、追ってきた人たちは?
大丈夫なの?」
慶史は、無理矢理強引に話題を変えてみる。
「そっちは適当に片付けた。怪我はさせてない」
「かたづけたんだ……へー……」
「ただ、脅威がひとつ増えたと言えると思う。
全員いるか常に気を抜かずに、今日は早めに終われるようにしよう」
鈴鹿はそう締め、前の女子3人との距離を詰めた。
(………………………………)
思わず、慶史はため息をつく。
もしかして、すべてわかっててカマかけてるんじゃないかと思うぐらいの際どいラインだった。
一応ばれずに済んだのか?
しかし。鈴鹿が男だと思い込んだという昔の和希の姿ならともかく、今現在の和希の姿を見て、男だと勘違いするだろうか?
そこだけがどうしても解せない。
とにかく、と、鈴鹿に続くべくペースをあげようとした慶史は、神宮寺のペースが遅れぎみなことに気づいた。
「…………あれ、神宮寺、足もしかしてそろそろ痛い?」
「あ、バレた?
いや、ちょっとさっきから、きてて」
神宮寺は、慶史に足先を見せるように、ちょんと持ち上げた。
「うわ、皮めくれてないか?
ちょっと待っ……」
絆創膏を貼ろうと、神宮寺の足もとに思わずしゃがみこんだ慶史は、突然後頭部に衝撃を感じた。
とっさに、額をかばいながら前に倒れ、衝撃を軽減したものの……頭が、くらっくら、する。
一体、何が起きた?
慶史の視界が戻り、体を起こしたときには、神宮寺の姿はすでになかった。




