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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第1話 武神を継ぐ少女
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武神を継ぐ少女(8)

◇◇◇



「残念だったな、あと2人闘えなくて」


「まぁ、参加費や交通費使ってたった2試合なら、正直コスパ悪いですけど、今回は参加費無料ですから」


「そういう基準なのか?」


「大事です、試合のコスパ」


「……ちなみに、あの体重差で男女混合で『試合』とかして大丈夫な女の人は日本で和希さんぐらいだから、今後あんまり無茶なトーナメント組んじゃダメだよ?」



 和希と慶史、そして新しい家主の上泉知有は、昼間、大騒ぎの場だった広い座敷の中心で、立派な木の一枚板のテーブルを囲んで座っていた。


 和希が優勝と決まり、そしてこの家に知有とともに住むと決まってからはあわただしかった。


 早速、知有が用意していた引っ越し業者とトラックが和希の家に向かい、わずかばかりの家財道具を積み、屋敷に運んできた。


 冷蔵庫と電子レンジとカーテンはそのまま処分する。


 下宿生の部屋は、最初、離れをあけるつもりだったらしいが、和希が女であるということもあり、知有の隣の部屋で寝起きすることになった。


 青畳(あおだたみ)の12畳間に、小綺麗な押し入れつき。十分すぎる。


 で。


 3人がなぜここに座っているかというと、どんどん目の前に、食材が運ばれてくるからだ……今晩の夕食の。

 和希の入居を記念し、早速、祝いの晩餐(ばんさん)をしようと知有が言い出した。


 相当高そうなテーブルの上に鉄鍋がスタンバイされ、野菜と肉が運ばれている。



「すき焼きは関東風と関西風で味が違うと聞いた。

 今夜は関西風の材料で用意してもらっているけれど、2人はそれで大丈夫かな?」


 慶史がうなずき、和希は「私はどちらでも大丈夫です」と返した。


「そうか。私は関西風は初めてなんだ。

 なじみの肉屋に、但馬牛と近江牛を用意してもらった。私はたぶん、味の違いはわからないけど、ぜひたくさん食べてくれ。

 えっとあと……しらたきと卵はもうすぐくる」



 慶史が「しらたき?」と首をかしげ、和希が「糸こんのこと」とささやく。

 最近ではだいぶ言葉の境目もあいまいになってきたが、やはりまだまだ関西では『糸こんにゃく』のほうがわかりやすい。

 それにしてもこの家主、早くも下の名前呼びである。慶史までも。


 先ほどから食材を運んでくれていた1人、ハウスキーパーらしい女性が、鉄鍋に火をつけた。


 ゴロゴロと大きな牛脂のかたまりを菜箸で挟み、鍋の上を滑らせる。溶けだした脂が鍋をくるむ。


 肉を広げたそこに、女性は手際よく、ざらめをサクサクと入れる。そうして、陶器に入った醤油を注ぐ。香りが和希の鼻をくすぐる。


 その間に卵が運ばれてきた。慶史が卵を3人分割り、溶いたものを、知有と和希と自分の前に回した。

 最初の肉が焼けたところで、めいめいがその肉を取る。

 ネギや白菜が鉄鍋の中に加えられていく。この野菜から出る水分のみで、このあと肉も野菜も煮ていくこととなる。


 和希は、まずは溶き卵をつけないで、肉を口に入れた。

 口に広がる醤油の香り。ざらめの甘さに負けないぐらい肉の味が濃い。肉汁が主張し、鼻へ抜ける空気さえかぐわしい。

 参ったな、と、和希は思った。

 今まで食べた肉よりも何よりも、旨すぎる。この味を覚えてしまうのが怖いほど。



「美味いな。

 肉にざらめってどんな感じなのかなと思ったけど、甘じょっぱくて美味しい」


「すごく美味しいですね」



 にこにこしながら慶史が肉を食べている。その手元の器は既に、溶き卵がほぼなくなっている。いつの間に、どれだけ食べたんだこの後輩は。


 何となく彼を見ていると、贅沢を覚えることに脅えるのがなんだか馬鹿馬鹿しくなってきて、和希は焼けた肉を一気に箸ですくった。


 溶き卵でくるみ、ガツガツとむさぼってみる。旨い。



「知有ちゃんも、ここから学校に通うの? 家族の人は?」



 ここに住むわけではない慶史は、知有とはちゃん付けタメ口で話す。



「私も少し前にここに引っ越してきたばかりなんだ。

 家族は……あんな感じだから、身の回りの世話をしてくれる人と」


「そっか……」


「あ。お金は心配しないでくれ。

 ひいおじいさまの生前贈与の貯金に加えて、おじいさまからも生活費を頂いているから。ただ……」



 鉄鍋の中は、野菜からでた水分がぐつぐつと音を立てている。

 知有は菜箸を取って、新しい肉を何枚か入れてぐるぐると回した。



「大学生だから、小学生とも色々事情は違うだろうし、きっと忙しいと思う。だけど、たまにでいいから、一緒に晩御飯を食べてくれると嬉しいな」



 照れ隠しか、知有はそのまま鍋全体をぐるぐると回し始める。


 それ、煮えてるところとそうでないところが混ざるのでマズイ気がすると突っ込んだ方がいいだろうか。というのはどうでもいいとして。


 にこにこ優しく知有に話しかけている慶史と違って、子どもが苦手、かつ、多少どころではないワケアリの和希が、どれだけ良い同居人でいられるのか、は、和希自身も不安はある。


 言葉づかいが言葉づかいだから一瞬わかりにくいが、この小学生、大学生の和希と慶史に、どれだけ気を使っているかというぐらい使っている。そういう心根の子なのだろう。


 それに甘えないよう、和希自身も、努力が必要だ。 



「あと。テコンドーですか?

 フルコン空手ですか?」


「え?」


「武道、一緒にやりたいんでしょう?

 私がちゃんと体系的に教えられるのは、その2つです。

 本当に軽くだったら、少林寺拳法と、ムエタイと、キックとシュートボクシングもいけますけど…」


「えっ、えっ…?」


「あれ、和希さん杖術と棒術もいけましたよね。あと柔道と……」


「いや、その辺はほんとに体育の授業でやるぐらいの内容しか教えられない。

 というか武道場が板張りだから柔道は…」


「ストップ、ストーップ!!」



 知有が手を伸ばして制止した。「……ちょっと、考える!!」


 その時、それまで会話にはいるのを遠慮していたらしいハウスキーパーの女性が、クスッ、と笑った。

 知有が少し赤くなる。



「……ええと、まぁ。とにかく」

 コホン、と、また、わざとらしく知有は咳払いした。仕切り直したいときの癖なのらしい。

 そして、口元に春菊の欠片をつけたまま、にこり、と知有は笑った。



「これからよろしく。和希」







【第1話 武神を継ぐ少女 了】

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