祇園祭の夜の貴女は(3)
「水上さん。
先日の大文字山競走では、途中の水分補給係お疲れ様でした」
水上に和希が声をかける。
水上紗映子は、和希や慶史と比べると大体頭ひとつぶん小さい。女性としては、平均身長をやや下回るぐらいだろうか。
下級生からも話しかけやすい、色白で柔らかい雰囲気の顔立ちの人だ。
「あ、うん。
三条ちゃん、そっちこそ、走るのお疲れさま」
標準語と関西弁のイントネーションがまざった発音で、水上は返す。
水上は、浴衣の裾を持つと、すすす、と、慣れた小またで和希に寄る。
「ね、ね。あれから、鈴鹿くんの方は大丈夫なん…??
大文字山競走の時、ずいぶん、三条ちゃんにご立腹っぽかったけど……」
「ええと、はい多分、まだ私にご立腹です」
「おおう。。。そうなの。
何があったか知らないけど、早いとこ仲直りして?
鈴鹿くん、常に真顔やから感情がよくわからなくて。
私、うっかり地雷踏みそうで恐い」
鈴鹿からは隠しつつも、慶史に対しては隠す気もないらしい、水上と和希の会話。
それを聞きつつ、慶史はちらりと鈴鹿を見やった。
大文字山での競走の際、頂上近くで、和希が鈴鹿のアドバイスを無視して競走を続行するという一幕があったそうだ。
今日も後光が差して見えるレベルで神々しい、イケメンすぎる鈴鹿尋斗の顔。いつも通り、完璧に整った真顔。
慶史には、一見してご立腹かどうかはわからない。
ただ、すこしだけいつもより、和希に対してよそよそしい気はしていた。
それに、伝統派空手の猛者である彼は、普段、機会あるごとに和希に組手を申し込むのだが、そういえばこの1週間、和希に組手を申し込んでいない気がする。
「なに話してるんですか??」
さっきまで鈴鹿や知有と話していた神宮寺が、水上・和希・慶史たちの方に、たたっと寄ってきた。
「いや、えーと。
どこから見に行こうかって、水上さんに相談してた」
「えええ、ああ、そう。でも、私もあんまり山鉾の場所よくは覚えてないなぁって話を……」
「あ、山鉾ですか?
それならばっちり調べてきましたよ!」
「私もちゃんとガイドもらってきたぞ!!」
水上も和希も、かろうじて話をうまくごまかしたように見えたし、神宮寺も知有も完全に信じて、浴衣のたもとから準備万端整えた地図を取り出してみせたりしている。
が、一方で、鈴鹿の方は、水上と和希にわりと冷ややかな一瞥をくれている。
何となく、自分の話をされていることを察してそうだな、と慶史は思った。
◇◇◇
「祇園祭っていうのは、何日もあるんだな?
山鉾が回る日、その前の日と、そのまた前の日と……」
知有が、こちらを見上げながら尋ねる。
先日、知有は、危険な目にあったばかりなので、誰かと手をつないだほうが良いと言ったら、女性が他2人いるのに、なぜか慶史の手を真っ先に取った。
そんなわけで慶史は、たぶん小学生の頃ぶりぐらいに女の子と手をつないで歩いている。
(※小学生の頃も、相手は妹とか地域のちっちゃい子とかである)
はたして自分が結婚できるかはわからないけど、もし結婚できて子供ができて一緒に出掛けるとしたら、こんな感じなのかなー。とか、ほわほわと慶史が妄想していたら、当の知有からそんな質問がやってきた。
「ええとね。
確か、正確には、まるごと1か月かけるんだ」
「1か月!? そんなに長い間やってるのか?」
「……で、何をやっているのか、って聞かれると、俺もよくわからないんだけど……」
慶史が助けを求めるべく、京都に1年長く住んでいるはずの和希に目をやる。
知有を挟んで慶史の反対側にいた和希は、即、別の方を向いて。
「すみません水上さん。
我々理系組にはこれが限界です」
「いや三条ちゃん、あなた一言も説明してませんけど」
「まる1か月やってる以上の祇園祭の知識が、理系にあるとでも?」
「理系まったく関係ないやん」
水上が言ったように、和希から“おまえら答えろよ”の視線を向けられた神宮寺・鈴鹿の文学部コンビもまた、首を横に振る。
まぁ、そうでしょうね。と、慶史は思う。
慶史もそうだが、大体みな、京都そのものに関心を多少なりとも抱き始めたのは、京都に来てからだ。2回生の和希が知らないなら、1回生はもっと知らない。
「わかった。それやったら、私が説明するから」
あきれたように、この場唯一の3回生はため息をついた。
すみません、先輩。




