小話 もっと勉強がんばりましょう。
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「かーずき。何してるんだ?
宿題?」
夕食後。座敷で大量に本を広げてノートにガリガリ何事か書いている和希の肩に、どーんとのっかりながら、知有が、話しかけてきた。
和希の手元にはノートが2冊。
1冊のノートに記録されたものを参照しながら、もう1冊には、ざっくり書き上げたグラフと、箇条書きの文をまとめている。
「ええまぁ。
宿題みたいな?ものです」
この体重のかけ方は、『私をかまえ』ってことだな、と察しつつ。
なぜか的確に頭頂部の急所に顎をおいてグリグリ攻撃をしてくる家主の頭を、手を伸ばして止めた。
「あ、もしかしてレポートっていうやつか?
実験とか色々調べものをして、何か書いて提出するやつ」
「そうですね。大体合っています。
今、私は自分のPCを持っていないので、こうやってノートにざっくり下書きをして、明日、大学のパソコンで清書を」
「ふーん。難しそうだなぁ。全然わからない。
和希はこういうのもぜんぶわかるのか?」
「いえ、実はさっきから、どうやって結論をそれらしくでっちあげようかなーと」
「なんだそれ」
知有の相手をしつつ、和希は実のところ、今期の単位は多分壊滅的だろうと考えていた。
実は和希は、今年の4月から5月にかけて、身辺に危険が及んだというやむを得ない理由、その他で、しばらく大学を休んでいる。
文系ならばまだ多少の欠席をしても、挽回が可能だが、理系は基本、欠席しないことが当たり前。本来ならば毎回出さねばならなかった課題もある。
一方、勉強だけに集中してその遅れを取り戻すには、しばらくちょっと難しい。
テコンドーの『昇段試験』で当分、昇段パートナーのトオルにはしごかれるし、さすがに上泉邸に下宿させてもらっている手前、武道もがんばる必要がある。
1回生の頃、かなり真面目に授業に出席して多目に単位をとってはいたが、その貯金を使い果たしたうえで、かつマイナスになりそうな予感が、ひしひしとしている和希であった。
「なんで理系選んだんだろ、ってしょっちゅう思いますけどね…」
「……そっかぁ。和希は理系なのかぁ。
ぼこぼこフラスコで実験したりとか、新素材を発明したりするのか?」
「いや、多少は違いますけど、工業化学系ではあるので、まぁそんなかんじの…………どうしました?」
知有がびっくりするほど目を輝かせていた。
そこから突然、どこか行ったかと思うと、パタパタ走って帰ってきた。
「ほら、これ!!これ!!」
知有が持ってきたのは色鮮やかなパンフレットだった。
「今年の『新影』の新卒採用のパンフレット!!
ほらほら、研究員、毎年募集してるんだ。
和希もぜひうちに」
「いやまだ2回生ですしそもそも受かるかどうか」
「絶対受かるさ!
私がおじいさまに推薦するから」
「…………いや。それは縁故採用過ぎでしょ?」
「えんこさいよう?」
「それを会社の私物化というんですよ?」
推薦するからと言われ、返事するまでの数瞬、初任給の数字を見て、心が揺らめきかけた。
が、ギリギリ良心により踏みとどまった。
社長が相手にするかはともかく、和希がお願いしますと言ってしまったら、知有は間違いなく社長まで話してしまうだろう。
知有は比較的賢明な子だが、同族企業のど真ん中で育ってしまっている。
さらに父親は、自分の私用のために社員を駆り出す輩である。
だからこそ。
大企業の社長とコネがあるのは普通のことだとか、縁故採用が当たり前のものだと、知有が勘違いして育ってしまってはいけない。
そこは我慢する。
和希は大人だから。
たとえ『新影』の研究員初任給が、新卒平均の2倍近くても。
「うーん。じゃあ……
所属選手としてはダメか?」
しょぼん、としながら出す知有の対案に、和希は思わず笑ってしまった。
【了】
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