武神を継ぐ少女(7)
「だいじょうぶか、三条和希!」
知有が心配そうに、縁側ギリギリまで駆け寄ってくる。
こどもながら、さすがに和希がしようとしていることが異様だと、気づいたらしい。
「とても強いのはわかった。
だがいくら強いからって、あと3人も、一気に相手するなんて無茶だ。
大丈夫。もういい、私がお父様に謝るから、もう」
「なにを謝るんです?」
和希は、足の屈伸と手首を伸ばすのを同時にやりながら言った。
ここでやめる気など、さらさらない。
「あなたの父親を蹴り倒した私に、謝れと言うならともかく。
この屋敷、あなたのものなんでしょう。
あなたには、謝ることなんて、何もないじゃないですか」
「でも…………」
「あなたの親子関係は、私は他人なのでわかりません。
的はずれなことを言っていたらお詫びします。
ただ、大人であろうが、嘘をつきますし、悪いこともします」
それは、現在進行形で人をぶったおしている和希だって、まったく人のことは言えない。
「間違えもします。本当なら、そんな中でも、少しでもましな方、人を傷つけず幸せにする方を選んでいこうとする。
でも、人間、誰しも羅針盤がくるってしまうことがある。
これが正しいことなんだと、自分の中で指し示す羅針盤が。
嘘ついて悪いことをしている大人に、こどもが謝ってしまうと、羅針盤がさらにくるってしまう。
親であろうが先生であろうが、間違っている大人に、相手が大人だからって理由で、こどもが謝っちゃいけないんです」
そう和希が言ったところで、ようやく、くつを履いた3人が走って庭に回ってきた。
屋敷がやたら広くて、庭まで回ってくるのに時間がかかったらしい。
本気で倒すなら、くつなどかまわず、最初に6人ともが庭に降りるべきだったのに。
そして6人で一斉に和希にかかるべきだったのに。
和希は、跳躍して体をひと揺すり。
本当に、つまらないほど、コンディションは最良。
「とっとと終わらせてトーナメントに戻りましょう」
と言うと、和希は未だこちらに向けて走っている3人のうちの1人に躍りかかった。
「あ、こらまだ……」
とか誰かわめくが、残念ながらもう始まっている。
腕への跳び回し蹴りで動きを止め、掛け蹴りを頭にひっかけて崩す。内側から足を跳ね上げて、ふくらはぎとかかとを引っ掛ける蹴りだ。
さらにダメ押しで逆側に蹴り飛ばすと、簡単に1人目は目をむいて意識を失った。
残りの2人は顔を見合せ、いきなり足を緩めた。
2人同時にかかって挟み撃ちにしなければ勝てないと判断したらしい。
そろって歩を進めてくる。
挟み撃ちしようという戦略は間違っていない。
だが、1対多数の闘いに長けた三条和希を前にして、スピードを落とすべきではなかった。
1人は中段への直線気味の後ろ回し蹴りで蹴り飛ばされ、そのまま270度跳び回転した和希の脚がもう1人の中段を捉える。
何とか倒れず、ずず、と後ろに下がったその顔に、跳躍しながら連打を打ち下ろした。
先ほどの3人よりもさらに早く、残りの3人が倒れてしまった。
もう、庭にいる者の中で、立っている者は、和希以外いない。
「よーーぉし、終わりっ」
背筋をくいと伸ばす。
背徳的な爽快感とともに、和希は自分が起こした惨状を見回した。
ごろごろと、庭の上に転がる6人の男たち。
そこまでの大けがはさせていないはずだ。
とはいえ、いらだちのせいで力加減をしなかったからだろうか。和希も少し汗ぐらいはかいた。
休日に、創業者一族のわがままで埼玉からわざわざ京都に駆り出された面々には、ただただ同情を禁じ得ない。
和希は、座敷の上であっけにとられる面々へと目線を動かしながら、先ほどの言葉を繰り返す。
「終わりましたよ。
トーナメントに戻りましょう」
「…………………」
「次の私の相手は、どなたでしたっけ?」
縁側にへたり込んだ知有が、なんとも言えない顔でこちらを見つめていた。
そうして、ゆっくりと、1人の男のほうに視線を向ける。
慶史もまた、その男を見た。
そうか彼だったか、と和希が思いだしたとき。
「い、いえ、あの……あ……」その男が、しどろもどろに何か言い出した。
「違いました?」
「あ、で、ではなくて!」
いきなり、男が、ガバッと土下座した。「すみません、棄権します!」
「…………………は?」
自分の苛立ちを乱入者の面々にぶつけただけだというのを棚に上げて、なんだと人がせっかく大人数を片付けたのに、等と和希が心中でぐちぐち言っていると。
「あ。俺も……」
「わた、私も、棄権します……」
何と、生き残っていた面々が、ことごとく、頭を下げ、棄権をすると言い出した。
「………いいのか?」
呆れたような声で知有が皆に声をかけるが、ぶん、ぶん、と、皆、一様に漫画のように首を縦に振る。
(………………マジかい)
あっけなすぎて、頭がついていかない。
なぜだ。
こいつら、多少は考えないのか?
『無傷に見えても大人数と闘ってダメージを負ってるはず。疲れもあるだろう。回復しないうちにこの女を倒しておこう』
とか、そういう考えはないのか?
男のゴツい体を防具なしで蹴りまくった手足にダメージがないとでも思ってるのか?
……と、心中和希は突っ込んだ。
大体、あと10人ぐらい、まだ泣かせてないのに。
「えと、、、、じゃあ」
知有自身も納得がいっていないような表情。
だが、主催者としてこの場を締めるべく、立ち上がり、コホン、と咳ばらいをする。
そして、あのかわいらしくも滑舌の良い声で、堂々と声を上げる。
「優勝、そして、上泉知有のもとでの下宿生第一号は、三条和希!
これからよろしくな!」
ぱちぱちと拍手をしてくれたのは、残念ながら慶史だけだった。
◇◇◇