武神の遺産と一族(7)
「おとうさまは、一体何を?」
―――――道場を出、いったん和希とトオルはシャワーを浴びて着替える(念のため言及するが、上泉邸には複数風呂が存在するので当然ながら一緒に入ったわけではない)。
そうして、和希、知有、慶史に、トオルを加えた4人は、上泉邸の書斎に移動した。
「この屋敷にある貴重な資料を、研究者に預けると言ったら、警察に通報するとか告訴するとか言い出して、電話を切るまで罵詈雑言の嵐でした」
「わ、私に代わってもらってよかったのに?」
「すみません。煽っていたら、つい調子に乗ってしまって」
和希は知有に頭を下げた。
「次から、気を付けます」
「研究者っていうのは……」口を挟んだのは、トオルだった。
「IoRi選手?
ついこの間、この屋敷に滞在したっていう?」
「そう。芸能人であり総合格闘家の、IoRi」
トオルも当然知っていた。大晦日の格闘技テレビ中継にも出た人気選手である。
大きな眼にワイン色の宝石のような瞳、栗毛のつややかな長い髪をゴージャスなアクセサリーのごとく揺らした、美人すぎる格闘家だ。
そんな見た目でありながら、本性はどうやら戦闘狂らしく、なぜか和希と慶史を非常に気に入り、発情した猫のごとく闘いを挑んできた女である。
「彼女の本業は、研究職ではないけど、武術史を専門に研究している現役の学生なんだ。
彼女いわく、おそらく教授や准教授が見ても、日本最高の武術史資料庫と言うだろう、と。
一方で。
……家主さんのおとうさまは、ひいおじいさまが収集した記録の資料的価値を理解できるタイプの方ですか?」
「……まったく」
「だと、私も思いました。それと、おとうさまは、家財道具一式、傷をつけるな、というようなことを言っていたのですが」
「それは変だな……。
ひいおじいさまは、武道と同じく、後進を育てるために、積極的に若手の画家や陶芸家の作品を買っては支援していたから。
もし後々人気が出た作家の作品がこの家にあったとしても、それを誰も把握してないはずだ。
もしかして、先入観で何か高級品があるはずって思ったのかもしれないけど」
「という、ことですよね。
それと、この屋敷に届く、売ってほしいという手紙」
和希は、開封された手紙たちを、机の上に広げた。
ひとつひとつの手紙の上に、封筒を添えていき、それらの位置を、パズルのごとく、すっ、すっ、と入れ替えていく。
「……何をしているんだ?」
「単純に、消印の日付で並べかえてるんですよ」
並べかえは間もなく終わり、和希は、一番最初の封筒の消印を指差した。
「最初の手紙は、ゴールデンウィークのあとですね。
家主さんが京都にうつってきたのは?」
「3月だ」
「3月、4月は手紙がなかったんですね。
最初の手紙が届く前ごろ、家主さんは、何をしましたか?」
「ええと…………」
知有はしばらく考えて、あ、と声を漏らした。
「武道家限定で下宿生の募集をすると、ゴールデンウィークの前に広告を出した」
「それは、どこに?」
「京都の各大学と、あとジムや道場、スポーツセンターなんかにも。それと、ひいおじいさまの研究のなかでご縁があったらしい方々の住所録が残っていたので、その皆様にもお手紙をお送りした」
つまり、上泉邸の新しい主人が、武道家を屋敷に入れようとしている、という情報は、そこそこ行き渡るものであったらしい。
それも、上泉邸の『日本最高の武術史資料』とも関連する人物に届きうる形で。
「家主さん。もうひとつ伺いたいんですが……家主さんは、このお屋敷だけでなく、維持管理や生活のために、多額のお金も、贈与されたんですよね?」
「う、うん……」
曾祖父から贈与された金は、9ケタいく額だというのを、以前に教えてもらったことがあった。
「おとうさまは最初から遺産配分にご不満があったようですが、家主さんの『お金』ではなく『屋敷』を寄越せと言い出したのはいつか、覚えていますか?」
今度は慶史が、あっ、という顔をした。
そう。おかしいのだ。
金めあてのはずの知有の父親が、貯金よりも、処分が難しいであろう屋敷や家財道具に執着しているのが。
あまつさえ、金に困っているはずなのに、先日は京都までやってきた。7人も屈強なおともをつれて。
交通費だけで、単純計算で約24万。
わざわざ、上泉邸に嫌がらせに訪れ、武道家が下宿に入るのを邪魔するためだけに。
「つまり、屋敷がほしい人間は、家主さんの父親じゃなく、別にいる」




