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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第5話 武神の遺産と一族
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武神の遺産と一族(6)

◇◇◇



「にひゃく、きゅうじう、なな~……」



 壁にもどこにも掴まらず、道場の床をつかむ軸足と己の筋力とバランス感覚だけをたよりに、10秒程度かけて、ゆっくりゆっくりと、横蹴りをしていく。


 ごくごく、シンプルな動きだが、この10秒かけるというのがくせもので、バランスをとりながら軌道をきちんと保つのにかかる負荷は、普通の蹴りとは比べ物にならない。。。



「にひゃく、きゅうじう、はち~……」



 ぷるぷるした和希の横で、童顔のイケメンが涼しい顔で、スローモーションのようにきれいな蹴りをしていく。



「にひゃく、きゅうじう、きゅ~……」



 道場のすみには、知有と、バイトで一旦離脱したあとまた戻ってきた慶史が、神妙に座っていた。



「さん、びゃ、く~……ぅっ!!」



 300本目の蹴りを終えたところで、和希は床にぺたりとへたりこんだ。



 天をあおぐと、この道場の名物の、血天井が見える。

 おそらくは400年も500年も昔に、どこかの城か屋敷が攻め落とされたときに、血塗れの人間が転がったその床板の木材。それが、長いときを経て、この上泉邸の道場の天井に使われているのだ。


 転げ回った、からだの跡、手の跡、顔の跡、すべて血が描いたもの。人が殺された跡だけど、それはつまり、名もなき誰かが生きた証でもある。

 この、屋敷を作った上泉綱三という人の人となりが、ここに現れている気がする。

 和希はよく、無心に、この血天井を眺めていた。



「前よりは安定するようになってきたけど、持久力がまだないよなー三条」

 


 和希は目線を天から目の前へと戻した。

 楽々と蹴りをこなしていた童顔のイケメンが、和希の前にしゃがんで目線を合わせながら笑っている。



 テコンドー道着の白いズボンと、肩を出して袖をまくりあげた黒いTシャツ。

 和希より少し背の高いその身体についているのは、美しく盛り上がりながらも絞まって、しなやかな筋肉。

 手も大きい。

 和希からすれば羨ましいことこの上ない体だ。


 この男、まだ20歳ながら、ITFテコンドーの全日本大会を2連覇し、昨年、世界大会で組手準優勝という快挙を成し遂げた人物で、その名を、牧ノ瀬トオルという。


 この屋敷に出入りする、和希の知人の1人。

 目下、昇段試験を控えた和希にとっては、臨時の師匠のような立ち位置になっている。


 今日も、自主トレを一緒にやりつつ、昇段試験の練習もしようという話だったのだが、型と、地味なわりにきつい基礎鍛練を交互に3時間続けた上に、先ほどのスローモーション蹴り300本である。



「いや、あの、牧ノ瀬さん……?

 わたし、きのう、大文字山走ってきたんすけど?」


「うん知ってる。

 大文字山ぐらいなら、三条なら筋肉痛もないんじゃないの?」


「まぁ普通に走ればそうだけど。

 ちょっとした人的災害がね、来ていましてね……

 ていうか。こないだドタキャンしたぶん回数上乗せしただろ」


「にゃははは気付くの遅い」


「なにがにゃはははだ、この駄犬」



「……で、和希」



 知有が、和希の練習の途切れるタイミングを狙っていたように、不安げに声をかけた。



「さっき言ってた、待っていればいい、って、どういうことなんだ?

 おとうさまが、何か言っていたのか?」


「ああ、すみません、私の練習中、家主さんにはずっとお待たせをしてしまって」


「いや、和希の昇段の練習も大事だから」



 昇段の練習というより、どちらかというと牧ノ瀬チャンプのスーパーしごきタイムだったが。



「そうですね、じゃあ、少し、お話をしましょうか。

 先ほど私がおとうさまとお電話口でお話ししたことと、この屋敷の何が狙われているか、に、つきまして」


 

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