武神の遺産と一族(3)
「書庫じゃないですか」
知有がまず案内した場所は、知有の曾祖父である上泉綱三の蔵書が保存された大きな書庫だった。
入り口は狭く見えるが中は複雑に入り組み、非常に多くの蔵書と資料が保管されている。
しっかりと中の広さを見たわけではないが、和希の部屋の何倍かあるのではないだろうか。
「2人がここに来てくれた最初の日に言っただろう?
私の曾祖父、上泉綱三は、戦後すぐから晩年まで、私財を投じながら日本各地を渡り、消えつつある、武道や流派の資料を無差別に集めていた。時代も規模も、その信憑性も含めて、無差別に。
口伝でしか残ってこなかった技術は文章化して、途絶えた流派については目撃証言や対戦者の証言を集めた」
「オーラルヒストリーを集めていた……
そうおっしゃっていましたね」
「ああ。
音源も、それを書き起こしたものも、多数保存されている。
私はこどもだし、専門家じゃないから、ただせいいっぱい、整理と保全をがんばるだけなんだが……」
そういって知有は書庫の中に入り、棚にびっしりとささった帳面のうち、いくつかのノートをすっと抜き出して、和希に示して見せた。
武神の直筆、と思うだけで、和希の胸は高鳴った。
ここには、失われた日本の武術の記憶が、山と眠るのだ。
「みる人がみれば、ここは、まさに宝の山。
現社長である私の父方のおじいさま、上泉三宗は、その価値を誰より理解している。京都への転校も、おじいさまが手配してくださった。
武道・武術を研究するすべての人のために、私はこの書庫と、ひいおじいさまが残した記録を、きちんと守っていきたいと思っている。
そして、武道家そのものを保護するということも」
「ということは、現社長は味方、ってことですね」
「そうだな。
一族の中には、色々な考え方の人間がいる。
というわけで、今度はこっちに」
知有は書庫の扉を閉めると、次に、屋敷の奥へと向かった。
和希もまだ入ったことがない領域だ。
「ひいおじいさまが使っていた書斎だ。
郵便物はここに届けられて、週一度、私がまとめて目を通している」
和風建築と妙にマッチした、レトロでクラシカルな机とセンスのよい書斎。その机の上におかれた蒔絵の箱の上に、郵便物がどさりとのせられていた。
「で、その、なかで多いのが」
知有が、机の引き出しをあけると、山のように、開封され広げられた手紙らしきものが出てきた。
「この手の、手紙」
ぱらぱらと、知有が手紙を示してみせる。
「……屋敷をまるごと売ってくださいと?」
「そう。上泉綱三が住んだ家に自分も住みたい、とか。
付加価値が期待できるから高く書いとります、とか」
「確かに一部の人間には、上泉綱三さんは、カリスマ的に扱われているかもしれませんが……ファンが、そこまでしたいものなんですね……?」
「下鴨というブランド、下鴨神社のすぐちかくの日本家屋、庭園つき、といったところにも惹かれているのかもしれない」
「切手がはってないものも。
気持ち悪いですね……」
和希の言葉に、慶史が、「え?」と反応する。
「切手が貼ってないってことは、この屋敷に直接来て郵便受けに投げ込んだってことだろ?」
「あ……そうか」
ストーカーかよ気持ち悪い、と思わず口のなかで和希は呟いた。
「で? これだけ人気がある屋敷なんだからとっとと売ってしまえと言っているご家族もいるということですね?」
「そういうことだ。
特に、私の父親。おじいさまの長男。
今回の相続で自分の取り分が不当に少なかったと文句を言って、すきがあれば、他の人から財産を奪い取ろうとしている。
同じように、理屈をつけてはこの屋敷を狙っている親類もいる」
「他の、ご家族は……」
「母親は、一緒に暮らそうと言ってくれはするけど……私が曾祖父や祖父の影響を受けているのを嫌がるんだ。この屋敷がどれだけ貴重な存在か、わかってもらえない」
「……なるほど」
「悪いな。最初からきちんと話しておくべきだった」
「いえ、それは。
ただ……」
続く言葉を予想できたのだろう。
知有は、和希の顔をじっと見た。
和希は、手紙入れのなかのいくつかを、取り出した。
宛名が『上泉知有』。『様』がついていない。
差出人は同じく、上泉姓の男。
同じ封筒の手紙がごそりとあって、その封筒だけは、開封されていなかった。
「お父様は、諦めていないようですね」
「…………そうだな」
「失礼」
和希は、一番最近の消印の入った封筒を、ビリリと破いた。
「……最初はみていたんだが、だんだん面倒になって開けなくなっていって。
何が書いてある?」
「……家主さん。少し、開けるのが遅かったかもしれません」
「どういうことだ?」
和希は、ぱらりと、その何枚も重なった手紙を封筒から引き出して、知有に示してみせる。
「…………なんだって……!!」
唖然とした顔で、知有は手紙をわしづかんだ。
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