武神の遺産と一族(1)
「もう。なんで、そんなに雑巾がけを嫌がるんだ和希は。
姿勢をよくしてやると、腰が痛まないって鈴鹿もいってたぞ?」
「腰が痛まないやり方はできるかもしれませんが、トレーニングになるかは正直疑問です」
京都下鴨・上泉邸。
7月前半の日曜日。
日本庭園を備えた、広大な屋敷の敷地の一角に、武道場がある。
そこで、この上泉邸の家主にして小学5年生の上泉知有と、この屋敷に下宿している大学2回生の女、三条和希が、週一回の雑巾がけにのぞんでいた。
東京から訪れた客人が、今朝、この屋敷をあわただしくあとにした。それを見送ってからの、道場の手入れだ。
ちなみに、敬語を使っている方、すなわち雑巾がけを嫌がっている方が、この物語の主人公、和希である。
一方、彼女をたしなめていた方が、家主の知有。
130センチ台前半と小柄だが、さらさらの髪とぱっちりした目の可愛い美人系の顔と、よく気がつく性格で、屋敷内で働く人々のなかにもファンが多い。
大金持ちのお嬢様のはずなのだが、武道とか修行とかにかなり夢を見ている少年漫画主人公体質の少女で、道場の雑巾がけもまたそういう意味で嬉々としてやりたがるのである。
「……まぁ、歴史を感じる、という意味では、雑巾がけも悪くはないですけどね」
「ん? 歴史?」
「つまり。昔この道場を使っていた武道家たち。家主さんのひいおじいさまである上泉綱三さんが保護していた人たちが、それぞれどんな風に強さを追求していったのか、思いを馳せるきっかけにはなると思います。
きっとその当時は皆、毎日雑巾がけしていたのでしょうし」
「おおおお……
じゃあ、和希も雑巾がけの良さを」
「だいぶ、日本語が狂って、受け取られているようですが」
雑巾がけ大好きな知有は、むぅ、とほほを膨らませて抗議した。
可愛らしくほほえましいその表情に、相好をくずしかけた和希だったが、ふと、この屋敷に来ることが決まった日のことを思いだして、口許をふと引き締めた。
さすがに、そろそろ聞いておかねばなるまい、と思う。
「かずき?」
雑巾を押す手を止めて、知有が首をかしげる。
この知有と知り合ったのも1か月前。
自分がこの場所でこの暮らしを手にしているのは、決して当たり前ではないのだ。
そして、そこには、まだ、わからないことも残っている。
「家主さん。
私が、ここに来た日のことですが」
知有も当然、そのことについては覚えていただろう。
将来美人になることは確実と思われる可愛らしい顔が、言わんとすることを察したらしく、微妙にひきつった。
下宿生募集の情報を聞いて、和希がこの屋敷を初めて訪れたのは、6月の頭である。
その日、家主としての知有の自己紹介の後、屋敷の庭を用いたトーナメント戦で、下宿生を決めることになった……のだが。
途中で、乱入者が現れた。
この屋敷は自分のものだと言い張るその男は、なんと知有の父親だった。
結果からいうとその父親は、ともに連れてきた屈強な男たちごと、全員和希にKOされて追い返されたのだが。(おおむねそのため、和希が下宿生と決まったというオチがついている)
不穏因子として、依然存在することにはちがいない。
そもそも和希は、知有の家族のことも、なぜ知有が一人で暮らしているのかも知らない。知っておくべきことにはちがいない。知らなければ、守れないこともあるだろうから。
「できれば一度、この家をとりまく、というか……家主さんの家族や一族について、お話しをうかがうことはできませんか?」




