アイドルの殺傷力偏差値(19)
好きなものは諦めないし、狙った獲物は逃さない。
羨望を感じるほどに自由な生きざまだ。
そりゃ、和希だってIoRiのすべてを納得するわけじゃないし、問いかけてみたいことはたくさんある。
なにかを手に入れるためには、なにかを諦めないといけないときがあるのじゃないか?
今、学業の自由と引き換えに、もしかしたら今までほどは事務所に大事にされなくなるかも、干されるかもしれない、そのリスクはいいのか?
試合のブッキングも難しくなる、かもしれなくても?
そのすべての問いが不粋なものだと、和希は問うまでもなく、わかっていた。
――――死ぬまでの時間は有限でしょう。
それなら、やりたい順に優先順位をつけないと。
それですべて彼女の中では理屈が通るのだろう。
スポットライトを浴びて、地位名声を得られる場所。
通常多くの人は、それを勝ち取るために必死の努力を重ねるものだ。
価値あるものだと、多くの人が認識している。
それを狙う人は、たくさんたくさん、積み重ねていく。
たくさんたくさん、諦めたものも捨てたものもあるはずだ。
それを和希は、尊いと、思いたい。
だけど、IoRiは、その場所以上に、彼女独自の基準での、生きる喜びを優先させた。
和希とて、あの競走の中で、無理矢理IoRiの考えが頭のなかに流入してきたような瞬間が、確かに、あった。
理不尽だ、理解できない、と、思うほど、惹かれてしまう。
腹が立ち苛立つほどに、魂が弾んで心踊ってしまう。
このIoRiといると、和希自身も矛盾だらけになり、まるで見たことがない自分の面をどんどん見つけていく気がする。
まるで、刺激強めの酒のような、そんな相手だった。
「明日早々に屋敷をたつけど、夏休みには長期の休暇をもらえることになったから。
また貴重な史料を読ませてもらいにこちらに伺うね」
うん、と、知有は嬉しげにうなずく。
「ひいおじいさまの残した史料を活用してくれるのなら、大歓迎だ」
確かに、貴重な資料なのだろうから、使いこなせる人間が触れるのは良いのだろうが……ん、ということは、彼女がまた来るということ?
しかも長期滞在?
「それから、和希とは」
「いや、もう、闘いましたよね?」
「あれは競走だからノーカン。結局組手してないから」
「……………………」
「勝ってないから悔しいし?
だから和希も今井くんも、8月はよろしくね」
「て、俺もですか!?」「お断りします」
同時に和希と慶史が声をあげると、IoRiは、にぃっ、と魔女のような笑みを浮かべた。
「……!?」
「大丈夫。絶対に断れないよう退路をしっかり断つから」
「………………………………」
「改めて、よろしくね♪」
今更ながらだが、この人、後々まで闘う理由付けするためにわざと負けたんじゃないだろうか、と、いう疑いが和希の中に浮かんだ。
IoRiとはこののち長い付き合いになっていくのだが、その時の和希はそこまでの予想もできず、ただただ慶史と顔を見合わせるばかりだった。
【第4話 アイドルの殺傷力偏差値 了】




