アイドルの殺傷力偏差値(18)
◇◇◇
「――――――――――」
薄暗い中、そろそろ見慣れ始めた天井が目にはいる。
ついでに、ちょん、と視界のなかに慶史が入っている。
上泉邸の自分の部屋にまで帰ってきていたのだと、和希は思い出した。部屋のなかでは、小さい照明だけつけているようだ。
「起きました?」
「いま何時?」
「もう夜の7時です。
大文字山から帰って、お風呂に入ったら、和希さん、そのままずっと、泥のように眠ってましたよ。
おつかれさまでした」
和希は体を起こす。「……みんなは?」
「終わったらすぐ解散して、IoRiさんと鈴鹿さんと俺がこの屋敷に……
あとから、事務所の方が数名、いらっしゃいました」
「事務所の? って私たちがボコボコにした?」
「……そうみたいですね?
最初はもう完全に決裂という感じだったんですけど、鈴鹿と知有ちゃんとで辛抱づよく話をつないでつないで、ようやく話がつきました」
その間俺はひたすらお茶をいれていました、と、付け加える慶史に、和希は笑った。
「勢いでボコってしまったけど、よく考えたらあの人たちお仕事しにきたんだし。手荒な手できたとはいえ、こっちもやりすぎたよ。
よく話ついたね?」
「そうですね。だいぶ知有ちゃんのアシストが入りました」
「元々、なんでIoRiさんは事務所と揉めたの?」
「学業の問題だそうです」
「ガクギョウ?」
和希は首をかしげた。
「あの人、学生だったの?」
ええ、とうなずくと、慶史は、IoRiが在籍しているという大学の名を口にした。
「…………マジか」
「マジです」
知らない者はいない、日本の最高学府の名前だった。
「もともと学費と生活費と道場の月謝を稼ぐために、芸能活動始めたって言ってました。でも、最近は、ほとんど大学に通えなくなってしまったそうで」
「確かに、大晦日の試合に出てからは、テレビ出ずっぱりだったからなぁ。テストとかレポートとか、大変だったんじゃ……」
「その上、決定打になったのが……」
すすっ、と、ふすまが開けられて、「事務所がね」という声が挟まった。
IoRiである。
二の腕をふわっと包む膝丈のワンピースに、艶やかな髪をゆるくサイドアレンジしている。
はっきり言って、普通に美人な芸能人にしか見えない。あの筋肉どこいった。
「私、いま3年生で、専門が武術史なの。
だから、日本の武道研究の隠れた第一人者である上泉綱三さんが、生前集めた記録を、どうしても読みたくて。
ご遺族にご連絡を取ろうと思ったの。でも事務所が、スポンサーとの関係でダメだって」
言われて、IoRiが書庫で、上泉綱三の蔵書を見ていたのを、思い出す。
和希にとっては触れるのもおそれおおいものたちだったが、IoRiからすれば、是非読みたい資料の宝の山だということか。灯台もと暗し。ね。確かに。
専門が武術史、ということは、彼女のプロフィールに火縄銃、流鏑馬、槍術とあったのも、専門の関係なのだろうか。
「事務所がダメだって言うのは?」
「あんまり詳しくは言えないけど『新影』とライバル関係の企業の、大口の仕事の話が進んでいたらしくて。
そんな立場のおまえが『新影』創業者の屋敷に出入りなんかしたら大スキャンダルだ!ってキレられて、学歴を鼻にかけて仕事を舐めてんならいっそ大学辞めろとまで言ってきて、こっちも腹がたっちゃったから、色々と」
色々と何をしたのか非常に気になるが、とりあえずそれは流す。
「従兄弟のヒロから、上泉綱三さんのお屋敷に下宿してる女の子がサークルにいる話は聞いてたから。
お近づきになるのに、和希をちょっと利用させていただきました」
そこからもう手のひらの上だったのか。
「東京に、帰られるんですか?」
「うん。テストやレポートがあるから。
出席が厳しいぶん点数で挽回しないと」
「事務所とは……?」
「私の学業優先と、大口の仕事相手の方に一報しておいてもらうことで決着はついたよ。
マスコミが嗅ぎ付けたら好きに書くかもしれないけど、私のイメージなんて、日本最高の武術史資料が使えるか使えないかに比べたら、些細なことだもの。
それに加えて、知有ちゃんに『新影』の広報担当者を紹介してもらったから。うちの事務所から誰かCM出たりするかもね」
「強い奴の保護は、私のつとめだからな」
そう言って、知有もひょこっと顔を出した。




