アイドルの殺傷力偏差値(17)
「俺の体に、先にさわったほうが勝ちだよーー!!」
木々の間の向こうに、大文字の「大」の字の、交点の火床の上で、ばんざいしてジャンプする新橋が見える。
最後の石段坂は比較的なだらかで、和希とIoRiはひたすら走る。
大ファンを標榜する新橋がいるからか、IoRiも体当たりなどせず、ただただ走る。
ほぼ横並びのデッドヒート。
ぱっと木々を抜けたら、新橋まであと、数メートル。
……と、いうところで。
「!!」
IoRiが和希の横を抜けて前へ出た。
最後の最後に、残していた力があったのか。
IoRiの手が、新橋の胴に伸びる。
和希は地面を蹴った。
思い切り、IoRiの肩に手をついて、跳んだ。
IoRiの頭上に上体ごと乗っかりながら手を伸ばし、ばんざいしている新橋の手を、
バシン、
と打ったのだった。
新橋は一瞬驚いた顔をして、それから、うん、とうなずいて叫んだ。
「勝者、さんじょーーーかずきーーー!!!」
その叫び声と同時に、和希とIoRiは、火床の上に崩れ落ちた。
和希は大の字になり、IoRiはややうつ伏せで。
ただただ、呼吸して、呼吸して、呼吸して、目を閉じた。
どうにか、勝った、という事実が頭から追い出されるほどに、消耗していた。
「ああ、IoRiさん大丈夫ですか!?
服とか髪に土がすごいついてます…」
心配げに新橋がIoRiに寄り添う。
「大丈夫、転んじゃっただけ」
えへ、とファン用に笑って見せるIoRiと、「か、かわいい……」と顔に血がのぼっている新橋を横目に、和希は深く深く息をついた。
勝てん。
と、思った。
競走の勝敗は、和希の勝ちだった。
だが、終始ずっとIoRi のペースだった。
勝ちすらIoRiは目的としていなかった気がする。
ただ、楽しみたかった。闘いという生きる喜びを味わいたかった。
それが彼女の望みなら、和希は最初から最後まで、その手のひらの上なのだ。
何か言いたいことがあったはずなのに。
頭のなかはもうからっぽだ。
「……動けますか、IoRiさん」
大の字のまま、天を仰ぎながら、和希はIoRiに声をかけた。
「うん、あと少しなら」
IoRiは和希より少し早く、体を起こす。
上着のなかに手を引っ込める。
すぐに、ぱたぱた、と背中のほうのなにかを外す音が聞こえて。
からららっ……と音を立てて、四本の細い竹が服のなかから落ちてきた。
「上着の中に……?」
まだ武器を隠していたのか。全然気づかなかった。
和希はまだ横たわったまま、周到なIoRiの準備に呆れた。
細い竹には、一本の紐が通っていて、その紐を、パッと引いて片端を留め具で固定すると、4尺を少し越えた長さの棒が出来上がった。
「え? なに、どうしたの?」
「新橋さん」
ギリギリまで寝休んで、体を跳ね起こした和希は、新橋に声をかけた。
気配は、大体把握した。
敵はこちらにかかるタイミングを狙っている。
「すみません。
ちょっと危ない連中がいるんで、怪我しないよう少し下がってて頂けますか?」
「ええー、って、また三条を狙ってきた連中?
ちょっと、IoRi選手を巻き込んで怪我させないでよ? すみません本当うちの後輩が……」
和希としては不本意きわまりないが、新橋は都合よく適当に解釈してくれたようだ。
こちらが敵の存在を把握していることに気づいたか、奇襲はしてこずに、敵はおもむろに、姿を表し始めた。
ひいふうみい……5人。
先程の、荒事用に雇ったと思われる面々とは異なる、しぶい表情の男たち。細かったり太かったり、体型から見て、本来闘う連中ではなさそうだ。
なるほど、こちらが指揮していた側と見える。
和希が前に出る。
IoRiは一歩引いた位置で棒を構えている。
ファンの前なのでやはり多少は遠慮か?
後ろに陣取って、ファンたる新橋を守るというポジション取りか。
いたしかたない。
余力はない。とっとと片付ける。
力を使いきった残りかすの体で、和希は駆け出した。
走る勢いのまま前蹴りで1人ふっとばす。その蹴り足を軸に、2人目にぐりんと上からあびせ蹴りを落とす。そうして転がりながら3人目を水面蹴り。倒れたところに、みぞおちに下段突きを突きこんで3人クリア。
後ろを振り返ると、IoRiが棒を縦横に振り回し、2人、らくらくKOしていた。
とりあえず、決着ということでいいだろう。
和希はもう休む、とばかりに座り込んだ。
◇◇◇




