アイドルの殺傷力偏差値(16)
上へと続いていく石段は、すれ違えばぶつかりそうなほどに細い。
まっすぐ伸びていくその先はまだ見えない。
登りきったところで、まだ、うねうねと曲がった道がまっているのだが。
IoRiはそのことを知っているのかどうなのか。
しかしそれはいまや、関係ない。
今、競走をしているのだ。
戦いを挑まれているから逃げるわけにいかない、というのではない。
勝負を挑まれている。
それゆえに、ふざけるなと一言いってはったおすにも、勝ってからでないと、なにも言えないからだ。
じゃあ、なにが『ふざけるな』なのか?
迷惑をかけるな、なんて、そんなことじゃない。
巻き込むな。そんなことじゃない。
慶史に謝れ? それもちょっとあった気がする。
でも、もう、それじゃない。
慶史になにをされるかわからないから?
あった。それは確かに、あった。
だけど、もう、理由づけだったと自分でわかっている。
誰がどう見ても、さっきは鈴鹿が正しかった。
その正しい鈴鹿を振りきるための。
どこか余力を残しながら石段を登っていくIoRiを、和希は追い抜いた。
「おお。来た来た」
嬉しげにペースを上げるIoRi。
悪いが、今は昨日の慶史のように、殺意をご馳走してあげることはできない。
勝ちたいからだ。
勝ちたいときには、勝ちたいという感情さえ邪魔だ。
となりの女に、殺意なんか向けていられない。
ふふっ、と笑うと、IoRiがこちらにフックを撃ってきた。ガードする。
下から体当たりしてきた。階段をはみ出して回避する。
そのかわり和希は、階段に戻るときに、ふくらはぎを踏みつけぎみに蹴ってみる。膝を返されて跳ね返された。
石段登りながら、少しIoRiの前に出た。
前に出たことをいいことに、和希は後ろのIoRiの体をひっかけ落とすような蹴りを撃つ。
「うわっ、あぶなっ!」
落ちかけたらしいIoRiの大声に、笑った。笑っていた。
「バカじゃないんですか?」
和希は、走りながら叫ぶ。
人のこと言えないくせに、とは、自分にも内心突っ込みながら。
「敵がいるほうとわかってて、ゴリゴリ体力削って。山を登って。
しかも!一応味方同士、で、戦って戦力削りながら。
上に着いたときに襲われたら、終わりですよ。
あんた、どれだけバカなんですか?」
「何言ってんの!」
初めて、IoRiが息を切らした気がした。
「好きなことをいまこの瞬間、やっている。
いま、一番闘いたい相手と闘えている。
これこそ生きてるってこと、でしょう?
最高じゃないか」
IoRiが和希の前に出る。
しゃべって攻撃して、だいぶそれでエネルギーを使っているくせに、息を弾ませながら、笑う。
「敵がいようが、関係ない。
敵なんかに、私が生きてることを邪魔させない」
誰にも自分の邪魔をさせないという、その笑顔は、今までで一番純粋に見えた。
2人はほぼ同時に、直線の石段を登りきる。
初めて大文字山に登る人間は、この直線の石段を登りきると目的地なのではと錯覚しがちだが、直線を登りきったところでまだまだ石段は続くのだ。
今度は、山の斜面に沿ってうねうねと這う石段が。
ペースは今までよりも落ちるけれど、和希は、足を止めない。
IoRiも、先ほどのやりとりでだいぶ余力を浪費したようだが、足を止めない。
そう。ここを登りきるとすぐ、ゴール。
大文字の「大」の交点が待っている。
そこで、副部長の新橋が待機中のはず、だ。
上にいくほどペースが速くなる。
互いに、となりの女よりも一歩でも速く、と。
「――――――新橋さん」
視界に入った新橋に、和希は最後の力を振り絞った。




