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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第4話 アイドルの殺傷力偏差値
50/145

アイドルの殺傷力偏差値(13)



「えっと……

 本番ってなんのことでしょうか?」


「えー。それいまさら言う?」



 決して平らではない山道で、軽業のように、とんっ、と軽々着地して、IoRi(イオリ)は和希に突っ込みを入れる。

 先ほどの蹴り、躰道たいどうの海老蹴りを、ややブレイクダンス風にアレンジしたような不思議な蹴りだった。

 いずれにしろそれをやってのける、IoRi(イオリ)の体幹の力、手足の力は驚くべきだ。



「ここまで来て、走るだけで済むとは思ってなかったでしょ?」


「走るだけで済むと思ってましたけど?」


「だったら残念ッ……って!?」



 IoRi(イオリ)が言い終わる前に、和希は再び走り出す。



「待って。

 ここまで言われて逃げる普通!?」


「いまなにやってるか覚えてますか!?

 競走ですよ競走!!」



 IoRi(イオリ)がぴたりと追ってくる。

 くそう。走りながらだとしゃべりづらい。



「ほほぅ……、敵に背を向けるとはね…」


「!?」


 後ろから、尻に前蹴りを入れてきたのをかろうじて避ける。

 組み付いてこようとするのを、後ろに向けて肘をつきこむ。


 自分の斜め後ろ。至近距離。この位置なら!

 和希は足を捻りながら上げる。

 斜め後ろに向けて蹴り上げる、変形のひねり蹴り(ピトロチャギ)だ。


「!! びっくりしたぁ」


 のんきなIoRi(イオリ)の声。しまった。調整したつもりだったが、蹴りあげた和希のつま先は、IoRi(イオリ)の頭上を越えていたのだ。



「残念。足が長すぎたね」

 

「!やめ…ッ」



 しゅるりと腕が和希の腰に回る。

 既に和希のウエストにがっちり組み付いていて、尻の筋肉ごと和希の下半身が封じられた形となった。



「……舐めんなっ」



 足を崩される前に、和希は思いきり背筋はいきんを振った。



「……おぉ!?」



 斜めに回るバック転のような形で跳び、地面に自分の体ごとIoRi(イオリ)を叩きつけたのだ。



「う、わ、プロレス?」



 ダメージが軽くないはずなのに、心底面白そうな声で言うIoRi(イオリ)

 和希はもがきながらIoRi(イオリ)の手をこじ開け、はずそうとするが、動かない。しつこく、外れない。

 なんだこれは……。


「くっ……」


 和希は、おのれの腹筋でIoRi(イオリ)ごと自分の下半身を持ち上げた。



「……おっと!」


 和希が再びIoRi(イオリ)を地面に叩きつけようとしたのを察したか、パッとIoRi(イオリ)は腕を和希の腰から外して、するりと距離をとった。


 転がってる体勢から瞬時に、足を地面につけた、動ける体勢になる。


 そんな動きはまるで忍者だ。

 髪に泥がつくのもウインドブレーカーが泥だらけなのも構わず、その目は爛々とした光を放ちながら和希を見つめてくる。



「私は、好きなものは諦めないし、狙った獲物は逃がさない」



 もう一度、IoRi(イオリ)はそう言った。

 なるほど、昨日言った獲物とは、慶史ではなく、和希だったのか。

 いや、慶史も含んでいるかもしれないが。



「……ご自分が狩られる側になるかもとは、お考えではないんですね?」



 ふふふふ、とIoRi(イオリ)は笑う。



「ところで。

 哀れな獲物にタネをそろそろ見せてはもらえませんか?

 その上着の下」


「ふうん、わかったんだ?」


「そりゃ。

 さっき体感しましたから」



 IoRi(イオリ)の身長体重として公表されているのは、167cm53kg。


 この数字をこのまま信じるなら、和希よりも5kgも軽いはずなのだ。


 だが、ひとつ盲点があった。

 格闘家の体重として公表されているものは、すなわち、試合時の体重である。ということは、普段の体重は大概それより重いということだ。



 IoRi(イオリ)はするりと、上着を脱いだ。

 ぴたりとしたタンクトップ。

 スポーツブラでぐっと押さえているのだろうが、それでも大きな胸。

 くっきりと、くびれたウエスト。


 そして、今まで長袖の服でたえず隠されていた、肩と腕の恐ろしいまでの筋肉。

 うっすら血管が浮き上がり、脂肪など本当に微々たる厚みだ。


 素朴な鍛練などではない、明らかに、科学的トレーニングと栄養管理によって作られたそれは、鈴鹿をも上回る。

 貧弱な和希の上半身とは比べ物にならない。



「試合の時は、1か月まえオファーとかで一気に体重も筋肉も落とすから、この体を見る人はほとんどいないんだ。

 部外者でこの体を知ってるのは、ヒロぐらいかな?

 ああ、一緒にお風呂に入った知有ちゃんには一応口止めしたんだけど、和希にもあの子言わなかったんだね」


「……なるほど?

 試合の時もそれほど筋肉のすじが出ている印象はありませんでしたが」


「ハイビジョン用のファンデで光を反射して、筋肉のすじがあんまりテレビ画面に出ないようにしてるよ」



 試合を見ていて和希が感じていた違和感は、短い期間でかなりの減量をするために、本調子でなかっということなのか。


 この体なら、おそらくもっと重い階級で闘うことだってできるはずだ。

 だが、興行側や事務所側がそうさせなかったのは、逆にIoRi(イオリ)のルックスゆえにだろうか。アイドルらしいイメージのためなど。



「……もたもたしていると後輩たちが追い付いてきて邪魔が入ります。

 闘うのなら、さっさと走りながらりましょう」


「道理だね」



 IoRi(イオリ)が上着を着直してファスナーをツツゥッと上げる。

 実戦時は露出を少しでも減らすのが鉄則だ。



「走って、後続からちょっと距離を稼ぎますよ」



 和希たちは、送り火の際燃料物資を運ぶためのワイヤーと、その下を通る道のための金属のガードをくぐる。

 ここを通過すると、間もなく長い石段が待っている。


 IoRi(イオリ)の組み付く力は恐ろしい。

 だが、石段の上は土の上よりも、組んで転がるという闘い方はしづらいはず。

 一方、和希の方は、階段の高低差を利用した闘い方ができる。


 そう。少なくともそこまで、IoRi(イオリ)を走らせよう。


 和希は走り出す。

 少し飛ばしぎみに。

 スタミナ的にはまだ余裕がある。飛ばせる。



「……ねぇ」



 和希に付かず離れずついてくるIoRi(イオリ)



「……何か、聞こえない?」



「え?」



 IoRi(イオリ)の声に和希が反応したとき、上に何か気配を感じた。


「!?」


 見上げた頭上に、ぶわっ、と広がった網が見えた。


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