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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第1話 武神を継ぐ少女
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武神を継ぐ少女(5)



 その時。

 座敷の中で誰よりも早く動いたのは慶史(けいし)だった。



 すっと知有の前に出、四尺棒を横に構える。

 いつの間にと言いたいほど自然な動きでありながら、その構えには静かな気迫がにじんでいた。


 そのまま、知有にむけて何事かをまくしたてようとしていたらしい乱入者は、何も言えず、開いた口をぱくぱくとさせる。

 (まぎ)れもなく、慶史に気圧されてだ。



(うちの後輩、こういうときの判断早いな)

 和希は感心する。



 自分のことは後回しだけど、他人の危機を察したとき、まず体が動くのは、誰より早い。正解かどうかはともかく、本当に早い。


 和希も、一歩、ずい、と前に出た。



「お父さん、ですか?

 間違いない?」



 和希が尋ねると、知有はひきつった顔のまま、コク、っとうなずいた。

 まるで別人のように、整った顔の筋肉がピクピクしている。



 10歳児とその父親。

 普通に考えれば、後者のほうが当然、立場は強いはず。


 座敷にいる周囲の人間たちは、どうすべきか判断しかねて動けないのだろう。

 見極めるべきは、いまどういう状況なのか。

 こどものほうが親のいうことを聞かず勝手にやったことを(とが)められているのか、あるいは、親のほうが理不尽ないいがかりをつけているのか。


 もっとも、この場でただひとり慶史は、動物的直感により、親のほうを疑っているようだが。



(直感は直感だから、当たることもあれば外れることもある)



 和希は、自分の予断を戒めた。


 父親は我にかえったか、座敷にたくさんの部外者が集まっていることを認識してか、ばつが悪そうに咳払いをした。



「いや、皆様、お騒がせをしてすみません。

 恥ずかしながら、今回のことは、うちのこどもが勝手に屋敷の主を名乗って、勝手に人を集めるようなことをしましてですね。その、本当は屋敷の名義ももってなければ、そんな金もないこどもなんですよ。ですので今回のことはなかったことに」


「おとうさ……」



 知有の声がかすれた。

 あれだけ快活で滑舌のよかった知有の声が。

 和希は知有に近づき、その細い背中を、そっと撫でる。

 知有が、大きな目で、和希のほうを見た。

 そして父親に向き直る。

 次の瞬間、



「おとうさま、うそ、つかないでください」



 知有の口から、大きな声が出た。


 父親が一瞬すごい顔でこちらを睨んだ。

 しかしまた軽薄な笑みを浮かべて、娘の言葉を無視して続ける。



「うちの子はわがままなものですから。

 おそらく、働いている家の者も皆、振り回されたんですよ。

 普通に考えてください、こどもにこんな屋敷の相続税がはらえ」


「相続じゃない」



 知有が、声を漏らした。



「ひいおじいさまが亡くなられる前に、このお屋敷は私の名義になっています。

 税金を払った私名義の貯金も、ひいおじいさまが用意してくださったものです。

 とらないでください」


「…………うるさい!! お前の名義なら親のものも同然だろう。

 こどもに、こんなでかい屋敷や大金なんぞ、自由にさせられるか!!」



 座敷の中の他の格闘家たちが顔を見合わせる。

 言っていることがぶれている、ということは、父親はついさっき言ったことを、嘘だと認めたのだ。

 この場合どちらにつくべきか?

 巻き込まれないよう、さっさとこの場を去るべきか?

 さらに判断が難しくなっただろう。



「おい! 入ってこい!」

 さらに父親が、声をあげる。


 すると、ジャージ姿の大きなからだの男たちが、どこどこと座敷に入ってきた。

 背中に『新影(シンカゲ)』のマークが大きく入ったジャージ。全部で7人。

 和希にはそれぞれの男たちの顔に見覚えがあった。



「これを見ろ!

 『新影(シンカゲ)』所属の柔道と空手の選手たちだ!

 オリンピックを目指し、日夜鍛練に励んでいる。

 国の代表になり世界的な栄誉を獲得するという崇高な目標のために、会社は金を出しているんだ。

 知有、お前がしようとしてる、雑にそこらの武道家を集めて家に住まわせるなんてことに、なんの意味がある?

 この座敷にいる面々が、オリンピックで金メダルでも取れるのか? あ?」


「違う!」



 知有が立ち上がった。



「格闘技や武道は、ただただ、その強さを求め追求すること自体が尊いんだ。栄誉だとかはただそれについてくるもの。

 武道や格闘技に優劣つけるなんて論外だ。

 その選手たちも、ここの座敷にいる格闘家たちも、みんな、同じぐらい尊いんだ!」


「何を言う。

 この選手たちは、血反吐(ちへど)を吐くような思いで毎日毎日朝から寝るまで鍛練しているんだぞ。費やしてる時間が何より違うんだ。

 お前が呼んだ連中のやってることなんて、勉強やらバイトやらの片手間にやってる趣味でしかないだろう!」


「……………!」



 知有が、父親をにらみながら、言葉を失う。



 和希は和希で、ひどくばつの悪そうな顔をしている柔道・空手の選手たちを眺めた。



 なるほど。この脅しのためにわざわざ動員されたということか。


 つまり、この選手たちは、貴重な練習時間をこの父親に奪われていることになる。

 くっだらない遺産争いのために。


 それって社員の私物化じゃ?

という突っ込みも和希の脳内には浮かんだが、それを口にするのはやめた。



 力ずくという、シンプルな手で殴り込まれたのだ。

 こちらもシンプルに返すのが礼儀であろう。



「あのぅ」



 和希は、しおらしいふりをしながら、手を上げた。


「なんだ」

 いらだった口調の素のまま、反射的に父親が返す。





「じゃあ、つれてきたそこの人たち全員私が倒したら、帰ってくれません?」



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