アイドルの殺傷力偏差値(12)
…………はやいっ!?
同時にスタートしたIoRiのハイペースに、和希は驚いた。
多少飛ばしているのか、普通のペースなのか。
鈴鹿を思わせる足の速さだ。
こちらの方が背が高いから意味が薄いかもしれないが……と和希は考えながら、IoRiを風よけに使うべく、後ろにつく。
とはいえ、スタート地点から山登りに至るまでは、ほんの数分だ。
7月の日差しのなかで、銀閣寺に向かう歩道を走っていると、学生たちとすれ違い追い抜いていく。
Ioriが男女問わず視線を集めている。
その美貌のせいか芸能人だと気づかれてかはわからないが、競走が終わるまで、騒ぎになどはならなければよいなと思う。
さすがに5分ハンデがあったからだろう。
走っても、他の女子らの姿はまだまだ見えてこない。
IoRiの後ろにピタリとついて走っていると、早々に銀閣寺橋についた。
ここは、川ではなく琵琶湖疎水にかかる小さな橋で、ここから疎水沿いに『哲学の道』が通っている。
チラッ、と、IoRiが振り返り和希を見た。
道を確認したいということか。
「このまま、橋を渡ってください」
IoRiはうなずき、先に渡っていく。
そして橋を渡ると、いよいよ銀閣寺の参道。
土産物屋や、観光客。それらを横目に、走る、走る。
突き当ったところが、銀閣寺こと慈照寺である。
説明するまでもない、歴史の教科書にも載っている、室町幕府の8代将軍足利義政が銀閣を作った寺だ。
「ここを左に曲がって、突き当たりの神社のとこを右です」
声をかけ誘導していると、次第にIoRiと並んだ位置になった。
まもなく見えてきたのは、山の入り口。
「あれ?」
山の入り口の、砂利道の上にすわりこんでる1人の女子に、救護担当の慶史が寄り添っている。
通りすぎざま、和希は慶史に話しかける。
「どうした、慶史?」
「足を捻っちゃったみたいで……
スプレーで冷やして、とりあえず固定を」
「あらら……。
そうか、悪いな。上ついたらすぐ降りてくるから」
「もし、山の中でも怪我をしちゃった子がいたら、連絡くださーい」
走っていく和希の背中に声をかける、慶史の仕事熱心さに感心しながら、和希は、さっさと先に行ったIoRiの背中を追う。
大文字山の木々に囲まれる。
山に入った瞬間、何度か温度が下がった気がするほどに涼しい。
道も走りやすい。
ただ、梅雨時期だったせいか、若干ぬかるみがあるところもある。
まもなく和希はIoRiに追いつき、そして、すぐ前に、先行してスタートしていた女子たちも見えてきた。
さすがに、山を走るという経験はしたことがなかったのであろうか、後輩女子たちは、スタート時とはうってかわって、どうにか普通に歩いて登るのが精一杯な様子。
競走じゃなかったら、自然を楽しんで登れるのにな。
結局IoRiと和希はそこで一団を、さくっと追い越した。
人数を胸のうちで数える。
怪我をした女の子を入れて、7人。
登りやすい大文字山とはいえ、山は行方不明者が出ると怖い。
だから人数は都度しっかり数えることにした。
「今、ふもとに慶史がいるから、怪我したら遠慮なく降りるんだよ!」
和希はそう、女子の後輩たちに声をかけていく。
うなずく女子たち。
へたってるけど、がんばって登ろうとしている。
山の中腹に待機している先輩もいるので、何かあっても大丈夫ではあろうが……。
「川が流れてるんだね。いい感じ」
一方、道に沿って流れる小川を珍しげに見ながら、IoRiは走るのをただ楽しんでいる様子だ。
「この辺は、まだまだそんなに登山って感じじゃないですね。
道も緩やかですし」
しゃべりながら、2人、後輩女子を追い越す。
これで9人。
小さな橋を渡ると、ここまでの緩やかな坂とはうってかわった、木を並べて作られた細い階段坂が待っていた。
そこを息を切らして登っていた女の子を1人、抜いていく。これで、10人。
「参加してる子はこれで全部抜いた?」
ふと、前を行くIoRiが、和希に尋ねた。
「前に、あと2人いますね」
「そっかぁ」
階段坂を登り終えると和希は、ようやくIoRiの前に出た。
IoRiはすぐ抜き返そうとする様子もなく、山道を2人、走っていく。その中で間もなく、最後の先行していた2人の女子たちも抜いた。
ほどなくして、待機中の女子の先輩の地点も通過する。
「水飲みなよ!!」と声をかけられて、和希は水を取り出し、ひとくち、走りながら飲んだ。
気づけば、IoRiもいつの間に飲んでいたのか、ヒップバッグにつけたペットボトルの中身が3分の1ほど減っている。
「…………これで、全員追い抜いたんだよね?」
「そうですね」
ということは、頂上までこの2人のデッドヒートということになる、わけだ。
少し行けば長い石段が待っているし、そこでの戦いになるかも……
「!!」
ひゅっ、と、下から跳んできた蹴りを和希はかわした。
頬を風と泥がかすめる。
地面からなかば逆立ちするような形でIoRiが蹴りを繰り出している。
いつの間にその体勢になったのか。
恐ろしいほどにわからなかった。
「じゃあ、本番。
始めようか」
アクロバティックな姿勢でIoRIが微笑んだ。




