アイドルの殺傷力偏差値(11)
◇◇◇
翌、土曜日の朝。
「いやーいい感じで晴れたねぇ!」
新橋が、手をかざしてまぶしい青空を仰いだ。
空は見事に晴れ上がって、大文字山もまた、その「大」の字を、天に向けて誇らしげに掲げているように見えた。
「じゃあ、俺、お茶2リットル持って先に登ってるから、あとよろしく!」
「はぁ~い…」
もう一人、女子の3回生の先輩が、山の途中で水2リットルを持って待機すべく、先行した。
熱中症予防のため、全員、走りながら持てるリュックやナップザックなどに1人1本は500mlペットボトルの水かお茶を持てと言われているが、恐らく、それでも足りないと見込んでの水分配置。
これは、負傷のためスタート位置で待機することになった、部長日比谷の提案らしい。
「楽しみだなー」
と笑うIoRiは、いつもの不審者黒ずくめではない。
この暑いのに長袖の薄手のウインドブレーカーを羽織っているのは変わらないが、今日はおしゃれなランウェアだ。それにショートパンツとライン入りの黒のレギンス。皇居とか走っていそうなスタイル。
長い艶やかな髪のアレンジポニーテールと相まって、ジャージだらけの女子の中でかなり目を引いた。
さて、規定の時間前だが、既にエントリー者全員揃っている。
しんがりで救護担当をつとめることになった慶史以外は、見事に女子ばかり。
IoRi以外は、互いに口を利かない。
なんだろうこの昭和の学園ドラマ(※イメージ)。
爽やかな空に反して、非常に殺伐としている。
楽しそうなのはIoRi1人。
……って、これでいいのかなぁ?
大文字山。
平安京の東に位置する、如意ヶ嶽という山の支峰にあたる。
毎年8月16日、『五山の送り火』といって、平安京の東西南北に位置する5つの山に、それぞれ火で文字や形が描かれる。
大文字山はそのうちのひとつで、山の斜面に大きく、炎で、『大』の字を描きあげる。その迫力は、圧巻だ。
火床は75箇所。
ひとつひとつを、決められた家が、守っているという。
かつて、その『大』の字に炎の点を加えて『犬』文字にしようとした不届きものがいたとかいなかったとか。
その大文字山は、普段は、主峰の如意ヶ嶽とともに、手軽なハイキングコースとしても人気がある。
銀閣寺として有名な東山慈照寺の横の登り口から、大文字の『大』の交点まで、普通に登って30分。
道も迷いにくく、歩きやすく登りやすい。
和希もロードワークがてら登ったりもするが、登るとき降りるとき、すれ違う見知らぬ人と笑顔で会釈しあうような、そんな空間だ。
そんな空間を、殺伐とした煩悩で競走することになるのか。ううむ。
数十分待機して……日比谷の携帯に着信が入った。
大文字の大の字の交点に、新橋が到着したらしい。
ちょうど規定の時刻の、数分前だった。
「今日はよろしくお願いしますね?」
IoRiが微笑みながら挨拶すると、日比谷はひきつり笑顔を浮かべながら後退した。
まだ、どうも、トラウマなのらしい。
日比谷の感覚が多分正しい、と和希は思う。
さて。規定の時間だ。号令は古典的なよーいどん。
「位置について、よーーーーーーい、」
どん、と日比谷が叫ぶと、女子たちが一斉に駆け出し、リュックを背負った慶史がその後をよたよたかけていった。
和希たちは5分、待機。
「ねぇ、和希」
「なんですか?」
「和希はバッグに何をいれてきたの?」
和希の背負う、小さなワンショルダーのボディバッグを見ながら言う。
「携帯と水とお金だけですよ?」
「ふーん」
そういうIoRiは、ペットボトルホルダーつきのヒップバッグをつけている。
いちいちオシャレで、女子っぽく、セクシーだ。
「時間だ。位置について」
日比谷に声をかけられ、2人は、位置についた。
「よーーい」
どん、という、さっきよりもいささか気合いにかけた号令のもと、2人は走り出した。




