アイドルの殺傷力偏差値(9)
◇◇◇
その日の昼休み。
大学の中央食堂にて。
…ずうううう…んん、
という効果音が似合いそうなほど、落ちこんだ慶史がいた。
「……………………俺は、女性相手に何てことを………」
食事の盆を目の前に置きながら、手をつけず落ち込み続けている慶史の皿に、和希がそっと自分の皿の唐揚げ一個を移してやった。
「いや、全っ然、慶史は悪くないから。
素手の人間を杖でバコバコぶっ叩いてくるおかしい奴に、まともな範囲の反撃しただけだから」
「それでも、女性に対してあれはやりすぎです」
「そんな落ち込むなってば……
確かに、私もあんなにガンギレする慶史は見たことないけど、怒って当然だと思うし、むしろ…」
和希は、慶史の頭にそっと触れた。
たまに知有にされる、頭なでなで、ということをやってみようかと指を伸ばした。のだが。いざ髪に触るとなんだか、どうも感触に慣れなくて、髪をさわさわするにとどめた。
「慶史も、自分のために怒ることができるんだなと思って、安心した」
「………?」
「わりと慶史は、自分のこと後回し癖があるから。
自分の四尺棒取られたことにあれだけキレてたから、良かったなと思って」
「ああ…まぁ、はい…」
「食べな」
「はい」慶史はようやく箸を手に取った。
「あれ、唐揚げ増えてます?」
「先輩からのオゴリだ。ありがたく食べなさい」
「ありがたく頂きます」
さっそく唐揚げをパクリ。うん。慶史は笑顔が一番いい。
と、思ったら、何かふと考え出す。
「どうかした?」
「…手加減、されてましたよね」
ああ、と和希はうなずく。
誰が誰に、とは問わない。
ここで言及するとしたら、朝の一幕のことしか、あるまい。
朝。四尺棒と木刀でやりあった後。
何も知らない知有とともに、4人で気まずい朝食をともにしたが、IoRiはけろりとしていた。
負けた人間の顔ではない。むしろ楽しそうですらあった。
「……今思い返せばあの人、俺が木刀を握ってからは、殺陣みたいに、きれいに打ち合うための動きをしてたんですよね。
あの人の腕なら、俺が受けられない打ち方も突き方ももっとできたでしょうし、もっとエグいところを攻められたと思います。
もっといえば最後、俺がマウントとったあの姿勢でも、正直勝てていたって思えないんです」
「わからん、かな。なんとも言えない」
和希はそう返したが、慶史の言っていることがおそらく正しい、とも感じていた。
だったらそんなことをして、IoRiはいったい何をしようとしたのか。和希に組手を断られた仕返し?
(いや。……ただ、遊んだんだろうな)
遊びたかったのだ。
それも、エグい遊びをしたかったのだろう。
慶史のいないところで、和希はIoRiに尋ねられた。
『せっかく2対1だったのに、なんで和希は入ってこなかったの?
壁に他にも武器があったのに』と。
心底、不思議そうに言ったのだ。
その後。美しい瞳をワインレッドに輝かせながら、こう続けた。
『でも良かったよ、彼。
美味しい殺意だった。ごちそうさま』
その笑顔。
見る者をとろけさせるような。
心臓を、内蔵を、脳を、子宮を、直接甘く愛撫されるような。
言葉を尽くしても尽くしても、その美しさも魅力もおぞましさも、表現しきれないその笑顔で言ったのだ。
(あの人……いったい、なぜ京都に……?)
疑問に思うのはそこだ。
あれだけの戦闘狂なら、なおさら東京の方がずっといいだろうに。
地方よりも、東京の方が、色々な興行がある。場合によっては男と闘うこともできるかもしれない。なのに、どうして。。。。
「あれっ、さんじょー。いまいー」
思考の邪魔をしたのは、突然耳に入ってきた、軽い声だった。
「……新橋さん」
よっ、と、食事の載った盆を持って和希の向かいの場所に座ったのは、サークルの副部長、新橋だった。
「大丈夫? なんか元気ない?」
「いえ、大丈夫です」
「そっかそっか。あ、2人とも。
ちょっとお願いがあるんだけど」
「はい?」
「この間大文字山競走延期したじゃん。どうも、女子たちがさ、自分たちだけでも明日走りたいって言い出して」
「……どうしてです?」
「デートプランにさぁ、祇園祭が入ってたのがバレちゃったんだよね。。。
ほら、延期しちゃったら来週末はもう祇園祭だから、鈴鹿と神宮寺と浴衣デートは出来ないわけですよ」
「はぁ……なるほど……」
「だから、そっちにエントリーしてる女子たちだけで、明日大文字山競走やることになりまして。
俺は審判なんで先に山のぼって待機していないといけないんだけど、さすがに先輩が多少はつかないとまずいし、一応事故がないよう見張るためにも、信頼できる奴が一緒に走ってほしくて」
「え、待ってください?
それ、私に、見張り役として一緒に走れと?」
「や、慶史にも」
「…………あのー。とてもお断りしたいんですが…………」
「そんなこと言わないでお願い。もうひとつ理由があってさ!」
「もうひとつ……?」
「なんと、サプライズゲストとして」
新橋は、ちょっともったいぶりながら、続けた。
「IoRi選手が参戦してくれることになりました!」
「「…………はぁっ!?」」
和希と慶史が、思わず声をあげたのはほぼ同時だった。
◇◇◇




