アイドルの殺傷力偏差値(6)
「あたたた……なんでヒロ知って……」
「もしかして新橋さんあたりからメールはいった?」
と和希が予想を口にすると、
「ご明察です」と鈴鹿が頭を下げながら正座をする。
「IoRi選手のファンだったらしいからな。
周りに言うなって全員に口どめしたんだけど」
「人の口に戸は立てられないですから。
そもそもこいつが、自分から目立つことをしていますし」
「まぁでも、IoRi選手をあんまり怒らないで。
あれは、明らかに悪いのはうちの部長だから」
「言葉に対して関節技で返したらアウトです」
ド直球の正論で打ち返してきた。腹を決めているときの鈴鹿の言葉は、低音の声と相まってズシンと重いのだ。和希は反論に詰まる。
「まぁまぁ、2人とも。部屋はある。
IoRi選手には好きなだけここに泊まってもらえばいい」
そう知有が言うと、鈴鹿が先に、すみません、と頭を下げる。
鈴鹿自身は、自分の部屋に泊める気だったのだろうか。
「大丈夫ですか? 家主さん」
「さっき裸の付き合いをしてきたからな。
人となりはだいぶわかったと思うぞ!」
風呂ですか。
二面性どころか、だいぶ何面かありそうですけど。
と、そこへ、慶史が黒豆茶を人数分淹れた盆を抱えて、座敷に戻ってきた。
今井慶史も鈴鹿尋斗もこの上泉邸の武道場をしばしば借りに来るが、2人とも気を遣うたちなので、2回に1回は何らかの手土産を持参してくる。
今回の黒豆茶は慶史の持参だが、茶菓子としてだろう、鈴鹿が以前手土産に持ってきた金平糖が小さな器の中に盛られたものも添えられていた。
「和希さん、金平糖は大丈夫でしたよね?」
「ああ、ありがとう」
慶史に手渡された自分の湯飲みから、丹波黒豆の香りのするその飲み物を口に含む。
ほのかな甘味。温かな液が、喉から腹を温めていく。美味しい。
あんこが食べられないのは難儀だな、と、知有が声をかけながら金平糖を手に取る。
IoRi選手も、大粒の金平糖をつまんでは、どの色から食べようか、楽し気に選んでいる。
「……それより、イオリ。この後どうするつもりだ」
鈴鹿の低い声で問われ、IoRiは、大きな目を上げた。
ボルドーの瞳は、光の加減で濃いロゼのような色にも変わる。複雑な虹彩に、光が、揺れている。
「おまえの事務所の人間だとかから、うちの実家にも連絡が入ったらしい。
血相を変えた様子で、イオリの居場所を知らないか、と」
「心配しないで。契約書はもうこの世に存在しないから。鈴鹿家に迷惑はかけないと思う」
「そういう問題じゃない」
腹に響く鈴鹿の低い声は、逃げ場のない重さがある。その目にも。
「おまえの安全の問題だ。
芸能界という場所だ。多くの人間が関わっている。
非合法な手で逃げてきた人間が、非合法な落とし前を求められるだろうというのは容易に想像がつく」
IoRiが、ここまでで見たことのない種類の笑みを浮かべた。
その笑みで、真正面から、重量級の鈴鹿の声を、視線を、受け止めている。
「その手の人間がおまえの居場所を掴む前に、どういう形で解決するか。
まずは事情を話せ。
それから明日にでもうちの実家に一緒に行って、弁護士を―――――」
「解決?」
(……………………)
それは確かに、いとこがいとこを案じ、語っている、そういう場のはずであった。
なのに和希には、人類最上級の美男美女が、その美貌で殴り合っているような、そんな風にも見えた。
言葉を発さない。
発さないまま、IoRiと鈴鹿は向い合い見つめ合い、互いに視線を譲らない。
「ねぇ、尋斗は――――――――」
微笑みを崩さず、視線を譲らず、おもむろにIoRiは、口を開いた。
「いままで一度でも、私に勝ったことがあった?」
鈴鹿は、表情を崩さない。
ついいまさっき脛蹴りKOされたような気がしているが、和希も突っ込まないでおく。
「おまえの進路を曲げたことは、一度もないな」
「だろうね。私の邪魔は、誰にもさせないよ?」
「…………………」
鈴鹿が先に目をそらした。いや、和希と慶史を、順に見た。
そうして、諦めたようなためいきをつくと、知有に向き直り。
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
と、深々と、頭を下げたのだった。
「大丈夫! 任せておけ」
知有はぽんと胸を叩く。
「ひいおじいさまがこの屋敷にいた間も、訳ありの武道家が逃げ込んでくることなんてしょっちゅうだったらしい。想定の範囲内だから、気にするな」
むしろひいおじいさまの危機管理意識が気になります。
そうして、詳しい事情も何をしでかしてきたかもよくわからない国民的アイドルファイターとも、和希はしばらく同居することになったのだった。
◇◇◇




