アイドルの殺傷力偏差値(5)
「……で。
なんで、あのIoRi選手が和希と一緒に帰ってくることになったんだ?」
ぶわわー……と吹くドライヤーの風を気持ちよさそうに浴びながら。
髪をほどいてタオルで水気をとっているIoRi本人ではなく、和希に対して知有は尋ねる。
「詳しい事情はまだ私も聞いていないんです。
あのあとサークルの練習にも何にもならなくてすぐに解散して、そのままこの屋敷に連れてきたというわけなので」
「用心深い和希にしては、珍しいなぁ」
「まぁ、相手が有名人ですからね」
ちらっと、和希が目をやると、彼女がニッ、と微笑み返した。
IoRi。
本名非公開。年齢20歳。
167cm、53kg。
古武術出身を標榜する異色のファイター。
MMA戦歴5戦5勝。
キックボクシング戦歴3戦2勝1敗。
特技は流鏑馬、火縄銃、槍術。
と、ここまでが公式に明らかになっている情報である。
強さよりは、どちらかというとその美貌に注目があつまっており、テレビ出演も多い。
三条和希も、コアな格闘技マニアの間では多少有名ではある。たちの悪いネットストーカーに待ち伏せされたりするほどには。
しかしそれぐらいだ。
一方、IoRiの知名度は尋常でなく高い。
その名も顔も普段格闘技を見ない層にもよく知られ、むしろ、普通の美人アイドルや美人タレントだと思われている節さえある。
そんな有名人がなぜ、自分と友達のふりをしたのか。
知有の髪を乾かし終えて、ドライヤーをIoRiに手渡す。
その豊かで綺麗な髪に、彼女は風を当てる。その長さは、胸の下ほどまであるだろうか。
MMAファイターは寝技の際に髪が擦れて傷みやすいと聞く。
確かに、ここまで綺麗でつややかな髪を保つファイターは少ないと和希は思う。
彼女が髪を、丹念に乾かすのを、和希は待つことにした。
「Iori選手は……」
待ちきれず、彼女に声をかけたのは知有だ。「どうして和希と来た?」
知有には、にこ、と微笑む。
和希と知有と慶史と、それぞれに対して使用する表情の系統が異なる。高度に使い分けているようだ。
「ちょっと予想外の事態が色々起きてしまったから」
「予想外の事態?」
「元々、京都に住んでいるいとこに京都駅まで迎えにきてもらう予定だったんだけど、途中で、まちかまえてた記者に捕まったって連絡が入って。
いとこが所属しているサークルの練習場所に先に行って、あとで待ち合わせようと思ったら」
「……ああ、うちの部長が失礼なこと言ったんですね」
「お望み通り組み打ちをやってあげようかと思ったんだけど、ダミーの刃物がなかったから、足関節技にしておきました」
「で、その場をごまかすために私に友達のふりをさせたんですね…?」
後半は明らかに予想外じゃない気がします。
そして、組み打ちって首取るやつでしたよね。
あとダミーじゃない刃物はお持ちなんですね。
なかなか突っ込みどころのオンパレードですが、一番突っ込むべきはそのいとこ、だ。
「―――――――その、いとこさんって……?」
「記者を撒いたはいいけど、逆ナンと芸能スカウトと街角スナップと色々捕まりそうになったうえに、五条坂での観光客同士の喧嘩を取りおさえて、やっとさっきこの近くまでこれたって連絡がきたところ。もうこの屋敷にもつくと思う」
「あいつ、さすがにお祓いの予約を入れてやろうか……?」
真顔で言う知有。慶史が苦笑いする。
つまり、全員、いとこが誰かはわかったらしい。
確かに、そんなアクロバティックな不運コンボを発揮する奴は、和希のサークルに1人しかいない。
その時、知有に対して来客を告げる声がかかる。
屋敷の主人たる知有がぱたぱた歩いて出ていき、疲れ切っているであろう彼を出迎えに行く。
「……お茶でも入れてやるか……?」
「そうですね。俺が持ってきた黒豆茶があるので、台所お借りします」
慶史もそう言って、座敷を出て台所へ向かう。
まもなく、知有が、ぱたぱたと小走りで、来客を連れてきた。
「ヒロ! ひさし…」
立ち上がったIoRiが来客に駆け寄った、その言葉を最後まで言わせることなく、彼の前足底がコーンとIoRiのすねに入って、声もなく彼女は悶絶してうずくまる。
「……おまえ、うちの部長に何をした?」
IoRiと遜色ない、あるいは上回るかもしれない美貌を持つ男にして、伝統派空手の実力者にして、和希のサークルの1回生。
今日はサークルに不在だった、鈴鹿尋斗であった。




